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鼻水タレタレ。梅雨の空。室礼で失礼。

室礼
http://www.kajikaen.jp/




鼻水タレタレ。梅雨の時、
記録的な雨だというのに、我が身はしばし横になりでござるのである。
ゴロゴロして、さて「合体」もなく。


やはり、杉浦茂・猿飛佐助は何度でもおもしろき。
つげ義春と共に枕の友。
「ネジ式」「ゲンセンカン主人」「夢の散歩」重いので、
「退屈な部屋」「庶民御宿」が、今日はお友達。


我が日本国。
そういえば、『室礼しつらいがありましたね。

=部屋に礼儀を持たせること=


その日迎える客人の格に応じ、
床の間飾りや道具・小物類を随時置き換えることから発した言葉。
その時、その空間の使われ方に応じて道具類を何度から出してセットし、
用途が変わればまた道具のセットを変える。

コレ=舗設=なり。

それほど遠くはない昔、
卓袱台出せば、ダイニングルーム。
食べ終わり食器が消えてお茶になり、リビングルーム。
卓袱台片付け布団を敷いたらベッドルーム。

こんな生活習慣の中で育ってきたから、季節に応じて掛け軸換えたり、
襖障子がスダレになったり、自分たちの生活にあった小物類を選ぶのがとても上手い人たちであった。

*身分不相応*古典落語の世界の言葉になってしまった。

家と住人の生活又は好みとのギャップを埋めるのは、


家具・小物以外はないのです。



そう、パリとかのヨーロッパのように。





宜しかったら、此方もお願い。でも、無理ですよね。忙しいくて。

でも、です。宜しかったら、コメントも。
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しきたり、気配り忘れた、日本のすまい。

えんがわ
http://www.cosmohome-co.com/blog/sikakenin/post_238.phpより・

天井の高い空間で育つのは、
心が解き放たれて、おおらかに育つものです。

今の環境では、望むべきものがないのですけれども。

かっての日本の空間は、凄く開放的でした。
家と道との間には、塀や垣根があっても、
目隠し程度のもので、自由に出入りが出来るものが多かった。

しかし、
どんなに親しい人でも、必要のない限りは、庭の中には入ってはきませんでした。
そこには、目に見えない境界が、幾重にも張られて、
お互いに侵してはいけない領域を心得て暮らしていたものです。

日本の開放的な住まいには、かっては、玄関、勝手口、縁側。
少なくても、この3箇所の出入口があったのです。
そこは、たんなる出入口でなく、座敷に上げるまでもない訪れた人を接待できる空間でした。

玄関は、正式な訪問客。
勝手口は、家庭の内向きな用事。
縁側は、近所の人とのコミニュケーションの場であった。

縁側に近所の人が集まり、話が弾む時、
例え障子が開け放されていても、座敷の生活は侵されないのです。
客を、座敷に上げても、プライベートな空間、茶の間を覗くことはしません。
用のある時には、障子の外から声を掛け、許されてから、部屋に入ります。

そこには、
たとえ見えていても、見てはならない心理的な境界があったのです。

家と外との間には、幾重にも眼には見えない心理的な境界があったのです。
その中間的な場が、子供たちの遊び場でもありました。

口遊び。
縁遊び。
軒遊び。
辻遊び。

その遊びの中から、様々なしきたり、礼儀を学んでいったのです。

他人を思いやる、心遣いを学んだのです。
室礼も学んだのです。



今。見直さなければけない時に来ているようにも思うのです。
現在の、アパート、マンションは、出入口はただひとつのドアだけになってしまいました。
戸建住宅も、塀をめぐらし、拒否をしているように、なりました。


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