FC2ブログ

そーめん、一本一本数えて、大学教授なり。

soumen

以前、すごく仲がよく、私の応援団の中に、
国立大学の事務関係に務めていたお局様女性がいた。

ある日、彼女に興味があった大学院の研究室に連れて行って貰った。
医学部研究室独特といっていい、何とも言えない、匂いの部屋に。

其處で会ったのが、とても信じられない大学院生であった。
見ていると、一本一本そうめんを、数えながら、
軽量秤に乗せているのではないか。
而も、格好はかなりだらしがない身なりであるが、
真剣そのもの、凛とした眼光厳しき雰囲気。

「そうめん構造図と、人間のDNAに及ぼす、相関において」
「そうめんが、人間に与える体内組織変化及び、細胞作用」
「そうめんが、‥‥‥」wwwwwww

頭の中が、真っ白白、パニック第1段。
そうめんを、一本、一本丁寧に計りながら、
それも、そうめんは、もろく、折れやすいので、慎重丁寧に。

やおら、立ち上がり、沸かしておいたお湯の中に。
おおおおお、
「そうめんが、沸騰するお湯の中で踊る絡み具合と、DNAの絡み具合との相違」
「そうめんが、茹で上げ、胃の中での最適作用」

茹で上げ、水に晒し、
美味しそうに食べ始めるのではないか。

ゲゲゲげ、彼のお昼の食事ではないか。
パニック第2段。

一本一本丁寧に数えるのかあ。
いちいち、秤で重さを量るかあ。

医者の卵であっても、この状態であるから、研修後には、一体どんな医者になるのか。
博士課程を得て、研究員になり、大学教員=教授になるのかしらん。

今、問題になっている「大学院重点化」
1991年。
作ったはいいが、当時大学院在学者が、9万9千人が、
2011年には、約27万3千人。

遣りっ放し、垂れ流し放し。あーーーとは、知らんぷり。知らんぷり。
弁護士も、博士課程を終えた人も、勝手に、シーランプリプリ。
「雇止めは使い捨て」状態だって。
使い捨てカイロ。使い捨てコンタクト。使い捨て非常勤講師、使い捨て若手研究者。

教育費も、医学関係がずば抜けて高いのに、次が、デザイン関係なのも、これまた、
「恥ずかしながらの、横井庄一であります」です。

教育費が、莫大であるのだから、当然小さい頃から、以前書いたように、
天井の高い、立米空間で、大切に育てられて、
優秀な頭脳にしてもらったのに。

天井が、高い空間で育てられるのは、
大物になるのは、なんとなく、データがないと信じないバカ殿には理解できないが、
私の、頭脳明晰な第6感がそう、教えてくれる。

誰か、この問題を、研究する人はいないのかな。
まず、無理だけど。



宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓


人気ブログランキングへ 




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 



森繁久彌、宇野重吉がこよなく愛したしもたや割烹。

  • Day:2012.05.19 00:44
  • Cat:日記
images5-18菊

前回話したように、東京に行く予定が、なぜだか、名古屋で途中下車。
此処で、根を下ろして、ある面排他的風土の中で、愛されて。

私を、息子同然のようにかわいがって、育ててくれた人が、3名います。

ママおばさん。

その内の一人が、菊ママおばさん。
博多の一流芸者で、料理人と、手を携えて駆け落ちです。
博多芸者の、気っ風の良さそのもの。

名古屋公演があると、必ず宇野重吉も、森繁久彌も、楽しみに来る割烹。
10人にも満たないカウンター。
檜の一枚板であるが、
旦那が、惣菜料理を仕込んでいる時に、
一所懸命にレモン半切りで、カウンター磨き。
あまり磨きすぎて、少し穴が開いてしまったカウンター。これが、とても良い。
大皿に、惣菜料理が並び、
客は、此れ何個、これも何個と自分の好きなものを、
自分のお腹と相談しながら注文をする。

宇野重吉には、会っていないが、菊ママおばさんからよく聞いた。
森繁久彌とは、何度も、最後は、付き人2人が、、
引き止めるのを振りきり、美味しそうに料理を食べていた。

二人共、楽しく、よくお酒を飲んでいた。

私が最後に会った時、付き人に、両脇を支えられながら、
少し覚束ない足取りで帰る、なんとなく、後ろ姿がさみしげであった。

当時、私は、繁華街の中に、秘密部屋を借りていた。
ちょこちょこ仕事部屋。
秘密のナ・イ・ショH小部屋。
無頼なデザイナー達が、女の子を引き込む部屋。
高級ナイトクラブのバーテンダーと、ホステスが住む所がないので、
仕方なく、私は、母親の家に帰る部屋。

訳が、分からないがそんな部屋を借りていた。
夕方になると、
菊ママおばさんのところに。
客がまだ、いない頃に、特別に食べさせてもらっていた。

飲んで、食べて、結構な所を、内緒千円ポッキリで。
その頃、旦那は仕込みが終り、
こざっぱりと着替えて、好きな女の所に飲み歩き。

小さな割烹。
大皿に盛られた惣菜料理、
好きなだけ、お腹と相談しての注文。
アルミのひきどっこで湯煎お燗。
しもたやの、暖かい空間。

もう失くなってしまいました。
子供が小さい時に、チョイの間の畳の上で、寝かしてくれたり、
オムツ取り替えたり、
満員で、待っている時に、目の前の公園で、子どもと遊んだり、
時に、私の母に気遣い、料理を持たせてくれたり、
そんな空間が、なくなりました。

暖かく、素敵な菊ママおばさんだが、
啖呵も、凄かった。やはり、博多芸者。

当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの歌手が、10人で満席の店に来るなり、
「俺は、◯◯だ。腹減ったから食べさせてくれ!」と、来たもんだ。
偉そうに、4,5人も付き人らしきもの引き連れて。

「とっとっと帰んな。有名かなんか知らないね。
此処じゃ関係ないから。下品な奴は入れないから、けエンな。」



宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓


人気ブログランキングへ 




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 



捨てるものをお金に変える、倹約風土。

tebasaki
土自体が、「倹約」を基本とするので、
倹約から生まれたものを、簡単に受け入れていく。

1963年、東京オリンピックの前年、一人の男が
九州から、名古屋に降り立つ。
不思議と、私の贔屓の店は、九州からの料理人が多い。
多分、東京を目指しながら、途中下車には適当な土地かもしれないのが、名古屋である。

その人の名は、大坪健庫。
鳥料理の材料仕込みで、仕入先で見たのが、手羽先。
スープの出汁程度の材料しか使われない時代に、出汁にもならない幼い鶏の廃棄物の山積み状態。

ここから生まれたのが、元祖手羽先。風来坊。

ネーミングがいい。元祖なんて。
いわゆる手羽先唐揚げでしかないのに。

ほぼ、ただ当然の材料に、自分の研究していたタレを、上手く組み合わせた。

これが、爆発的に人気を呼ぶ。
美味いんだナ。これが、中毒になる。
一気に、彼女といっても5人前ぐらい平らげる。
食物麻薬ですよ。

私の周りにも、かなりの中毒患者集団がうごめいている。
仕事帰りに、週に何回も子供たちへのおみやげに買うほど。

真剣に、この味を自分で作りたいと思って、見ていた、
間違っているかもしれないが、
まず、低温で内部までじっくりと、瞬時に高温の鍋に移し、表面をぱりっと。

この2度揚げとタレが、あのやみつきの味の演出ではないか。

風来坊

この店が良いのは、フランチャイズでないこと。昔ながらの暖簾分け。
席に着くなり、「お飲み物は何にしますか」「取り敢えずビール」
コレがない、「なん人前ですか」から始まるお優しいお言葉ですねん。
考えれば、完全上から目線。
でも、いいんだよな。「手羽先」から、食べろですから。

ちょっとした組み合わせのひらめきと、受け入れてくれる風土。
ムダを省くのが、「倹約家」

斜め目線で見れば、食品安全基本法に縛られて、
無駄に捨ててるものが多い。



宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓


人気ブログランキングへ 




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 





ファッションの縮図かな、名古屋は。

厚底ファッション
1977年頃にも、盛んに言われていた言葉に、
「名古屋で、成功すればどこでも通用する」
現在でも、多少はこの考えが残っているのかもしれない。

NHKでも、アナウンサーが、東京に帰る最後の難関通過地点が、
名古屋であった気がする。
当時は、何人も局で見かけた人が、その後、東京に帰り、全国区のニュースに出ていた。

行政の東京、商業の大阪に挟まれ、
大昔は、箱根が情報の分岐点でしたので、
京都寄りの文化圏から始まったのかもしれないが、
それにしても、名古屋人には、独特の発想法があり、
それが名古屋人の強烈な個性を創りだして、誤解を生んでいる面は、否めないが、

この個性が、現在の混迷している時代に、
もう一度見なおすことが必要かとも、最近考える。


10年以上前、頼まれた講義で、良く名古屋ファッションを貶したものです。
東京から、講義のために朝の新幹線で名古屋駅に降り立つと、
持っているもの、着ているものは、高価なものですが、

着こなしの野暮ったらしさは、なかった。

ごく普通の仕事を持つ女性が、自宅通勤でアパート代が必要でなく、
稼いだ金は、結構自分のために使えるのが、名古屋女性。

反面、つい最近まで街頭で配られていた無料ポケットティッシュを、大量に貰い、
家で、テレビ見ながら、一枚一枚綺麗に整理して、
ティッシュ箱に詰めている女性を、知っている。
自分投資内職ですナ。これが。

この心理は、理解し難い。
「ケチ」ではないです。単なる節約を旨とする「倹約家」でもないみたい。
「ラブホ」からも、きちんとティッシュを、抜き取ってくる行動。

聞いても、ゲハハハ。で終わり。

婚礼家具を、運ぶ時には、家具店の営業マンが、ぽち袋を沢山ポケットに詰め込んで、
行くので、仕事の関係で聞いたら、車がすれ違うときに、バックは許されないので、
相手の運転手に、ぽち袋を渡して、
後ろに下がって,道を開けてもらうのだそうだ。

更に、理解しがたかったのが、
1回目の私の結婚の時に、突然、見知らぬおばさんが押し寄せてきて、
勝手に、婚礼ダンスの中を、品定め。
何でも、彼女の方の親戚だそうですが、これまた驚き。

更に、驚くのが、婚礼に車を持たせると、
和室10畳の畳の上に、婚礼道具と並べてあるのにも、これまた驚き。

流石に、もう失くなった。
アパート、マンションでは出来ないから。
婚礼家具も、ひと通り揃えて、実家に置いてあるのは、これも、解せない。


「倹約家」なんでしょうね。

近所のMEGAドンキに行くと、
まあ、凄まじい。

シャネラーあり、
LAファッションあり、
ピップポップファッションあり、
農家ファッションあり、

突然、懐かしき厚底ファッションまで。

理解に苦しみながらも、


倹約家」なんでしょうね。





宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓


人気ブログランキングへ 



特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ

あんかけスパ。どんなん。

ヨコイ

その名も、あんかけスパゲッティ。
私には、理解できない名前です。

1965年当時、大学教授が、
「おまえ、教師に向いていないから、卒業生がいるNHKで、バイトしてこい。試験があるけど」

一応、国立の学芸大学(現在、教育大学なんです)ですよ。
国費を使い、教師養成のはずなんだがね。
最も、私の専攻の学生は、ほとんどが、民間に就職してるので、そんなもんです。

さて、
試験を受けて、NHKの、ニューステロップのバイトです。
此れが、天国。結局、4年間も。お世話になり申した。
当時は、最初は、手書きでしたよ。
最後は、一応コンピュータでしたが。

最後のニュースが、終わると、「飯食いに行くぞー」
当然、局の人のおごりです。ウキウキ、チャンリン。
時代は、高度成長、街中タクシー待ちが、ひしめいて、おもちゃ箱。

時々、連れて行ってもらったのが、
「そーれ」という、アントも汚いオープンキッチンの店。

スパゲティ専門店で、此れが上手い。やみつき。
ピリッと辛い辛口ソース。
この辺りが、名古屋人の屈折感覚。

ミートソースでは満足せずに、
此処でも、尾張人、織田信長の気配を受け継いで、   
そこに、スパイスで、豊臣秀吉が加わり、です。

「そーれ1,5」ご注文、それで終り。真っ赤なソーセージ乗せ。
量も、(1)(1,2)(1.5)
太さは、2,2ミリ以外は、絶対に合わない。
トッピング(当時は、シャレテこの言い方はなかったと思うが)
カントリー(肉)。ミネラーゼ(野菜)。両方あわせて。ミラカン。
私が、好むのは、ピカタ。大好物なり。

此れを創りだした、そーれのチーフ?山岡博が、独立して、ヨコイ。

この店は、電通の仲の良いアートディレクターと行ったのが始まり。
クリエイティブ仕事の連中は、味に拘るのが多いが、
やはり、味に拘るやつでないと、良い仕事は出来ない。        断言。

まだ、この辺りは、店の名前で、スパゲティを呼んでいた。

「スパゲッティ。そーれ、行こう」「ヨコイのスパゲティ行こう」とか。

5年前まで、あんかけスパゲッティ。知らなかった。
その時、友達が、「あんかけスパゲッティに食べに行こう」
新し、めずらしいものが、食べれると、勇んでいけば、ゲロっち。

恥かいた。wwwwww

商品があって、暫くして、その名がつくのは、記憶にない。

なんとも、解せぬ、名前だよ。
中華のあんかけでもないのに。
聞けば、あんかけうどんから、付けたのだとか。
此れも、解せぬ。

意味不明の名をつけるのは、尾張の風土、織田信長。豊臣秀吉の流れか。

今でも、「ソーレ」「ヨコイ」以外は、認めぬ。

それ以外は、適当に、あんかけでも、勝手クサに呼んでいれば。


東京人よ、騙されぬな。



宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓


人気ブログランキングへ 




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ。