FC2ブログ

「食育」と「左ぎっちょ」は、社会のいじめられっ子

左利き
徳育よりも 知育よりも 体育よりも 「食育」が先。
前回の「食道楽」の中で述べられているが、

食事を通して、いろいろの事を子供に教えて行かなければいけないと思う。

「しつけ」です。

話がずれるが、
私は、左ぎっちょです。
小学生の頃は、給食の時間が、恐怖でした。
厳しく、お箸は右手で、このようにと、先生から毎回、指導でした。
家庭でも厳しくしつけられたものです。
泣く泣く、右手に箸を持って。

まるで、犯罪者の心境。

工作の道具一つ、小刀。今は、簡易な削り器。カッターナイフがあるが、
当時は、右利き用しか。肥後守は、あったのだが。
裁ちばさみも、やはり右利きで、逆に使うので、親指が痛い。

高校の時に、ゴルフを始めたが、これも、苦労した。
ろくなクラブもない上に、
ゴルフ練習場で肩身が狭いこと。
端っこの場所が空くまで待って、対面にならないように気を使わなくてはいけない。
パットも、微妙で、メンバーに嫌がられる始末。
金輪際止めたよ。

野球のグローブも、同じだね。
だから、今でも、道具があっても、嫌いだ。


最近は、かなり左利きでも、良い道具があるので助かるのですが、
それでも、まだ、まだ。

人間、利き腕は治らないです。
高校の時には、もう、左利きに戻っていた。

唯、自分で強制的に右利きにしたのは、
鉛筆で字を書く時。


英文は左利きでも、格好良いが、日本語は、完全に右利き用だ。

最近、若い女の子でも、左利きで日本語書いてるのを見るが、
ノート斜めにしてかなり苦労している感じ。
これは、直してよかった。
右で字をかきながら、左で消しゴムが使える。

講義を頼まれる時には、
講義の説明は、右手で書き始めて、疲れてくると、左手で書く。
これは、平気だ。

食育の場では、「しつけ」を、きちんとしてあげないと、

右利きでも、はしの持ち方がおかしい人が増えている。

家庭での「しつけ」が、あやふやになってきたのが、
バブルの頃からかもしれない。

茶の間が,なくなった。
家族の食事の団欒が失くなった。

間違った「個」を、尊重しすぎるのです。




宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓

 
生活・文化(全般) ブログランキングへ




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 

 
 




スポンサーサイト



「食道楽」村井弦斎著。手元に残っているボロボロの本。

表紙

「食道楽」村井弦斎著。村井米子編訳。

持っているのが、昭和54年(1979年)第7刷。復刻第1刷昭和51年6月。

何度も、読み返すので、かなりボロボロに。

明治の社会批判。文明批判も。織り込まれた
かなり、面白い食文化です。

春の巻。

豚料理。豚の刺身。イモ料理。シチュー。料理の原則。風流亡国論。田毎豆腐。
勝手道具と書画骨董。十日に十色の朝食。三十六品。

夏の巻。

米料理。豚料理。血族結婚。百合の天ぷら。卵の味噌漬け。美人法。食物の性質。
玉子麸。松魚の刺身。鯛料理。赤ナス飯。子爵の家。牛肉の徳用料理。リンゴ素麺。

秋の巻。

昆布のスープ。魚のケズレー。マンゴーの実。魚のグレイ。脂肪の欠乏。西洋の葛餅。
老人の食物。赤茄子ジャム。下等肉。ペラオ飯。食育論。茶碗鮨。料理学校の試験問題。

冬の巻。

滋養スープ。老人の食物。牛の脳ミソ。松茸、薩摩芋の西洋料理。牛の図。コメの説明。
猪の肉料理。酒の酔い。リンゴのパイ。小児の不幸。三十歳の小児。シルバーケーキ。
ウサギのシチュー。キジのロース。食医。骨の髄。


ざっと、拾い上げただけで、楽しい感じが読み取れると思う。

目次


食道楽(上) (岩波文庫)/村井 弦斎

¥1,050
Amazon.co.jp

食道楽 (下) (岩波文庫)/村井 弦斎

¥987
Amazon.co.jp


宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓

 
生活・文化(全般) ブログランキングへ




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 

「また痩せたね」散歩中に言われて、ギョェーの禁句。

5-27ダイエット
ミス・ユニバース・ジャパンのエリカ・アンギャルさんによれば、

「ダイエットとは、本来は痩せることでなく、賢く食べること」

徹夜をすると、1キロ、2キロは直ぐに体重が減ります。
痩せると、今度は太るのに、3倍のエネルギーが必要にも思うのです。
ダイエット、ダイエットと大変ですが、
私は、太りたい、太りたいの念仏唱えています。

普通の人より、結構量を食べるのに、太れない悩み。

後、2キロ、後4キロのやはりぶつくさ念仏唱え。

「家相極秘伝」の中に、

・宅大にして住人少なきは、次第に貧弱になる凶相。
・宅小に住人多きは、漸次富貴繁盛の吉相なり。
とあります。

考えてみれば、今、一人とワンコの暮らし。
食事は、一人であると、飢えを凌ぐ個体維持に、傾いているようにも思う。
食事は、やはり賑やかに、楽しく食べることによって、栄養になるのかもしれない。

広い空間で、一人住まうのは、不安定で、落ち着けないのかもしれない、
心理的な問題で、量食べても吸収があまりないのかもしれない。

では、広い空間とは?

・主婦一人で、1時間でどのくらい掃除が、出来るのかの調査を、清家清さんのデータに、
  60㎡(18坪)から、100㎡(30坪)。
これから考えても、22坪~30坪くらいが、家の適当な広さとある。

狭すぎるのも困るけれども、広すぎるのも困る。
適度の空間の広さは、色々の条件があって一概には、決められないが、
こんな説もあるそうです。

1)家族の年齡を全部足して、その数字に㎡を付けた年齡方式。
  主人35歳。奥さん30歳。9歳の女の子。6歳の男の子。の場合は、
  35+30+9+6=80。
  この家族には、最低80㎡(24坪)の生活空間が、必要と計算。

2)変わった計算ですが、セールスマン方式。
  基本料金として、夫婦2人で、50㎡。
  入学前の子供、一人につき10㎡。
  小、中、高校生の子供一人につき、15㎡。
  大学生以上の子供一人、老人一人につき20㎡。
  此れも、年齡方式の例でいけば、やはり。同じ80㎡。

なんとも言えないが、ある程度の目安としては面白い。
此処に、さらに、「ゆとり」スペースが、加えていけば、最適な空間が望めそうです。

多目的利用できる「和室」が、あれば此れほどよいものはないと思う。


ここで、ゾーーートしてきた。

仮に、今、私の空間一人で生活空間を考えたら、

148-50=98平米が、ゴミ置き場だ。

やはり、いつまでも片付かない。

どれだけも、ゴミ置き場があるのだから。
そして、空間不安で、精神が不安定で、太れないのだ。




宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓

 
生活・文化(全般) ブログランキングへ




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 

 
 





  

番外編、ワンコロゴキゲン。木曽三川公園

環境楽園
http://www.kisosansenkoen.go.jp/

たまには息抜き、ワンコロお見世。

今朝、早くから四日市まで、ステーキを食べに延々2時間半。
美味しい物食べることには、根性丸出し。
280グラムヒレステーキ。
当然、サラダ、スープ、ご飯。
その上、イセエビサラダ、

ステーキ箸袋


食べるのに必死で、写真は無し。
ぺろりと完食。ごきげんよう。です。

帰り道、久し振りに、ワンコが大好きな公園。
国営木曽三川公園
環境共生型テーマパーク「河川環境楽園」で、散歩です。
日本で珍しい「世界淡水水族館」もあるのです。

ワンコ散歩


散歩の途中、沢山の人が、犬の散歩をしていますが、
今日は、気が合わない犬、3匹と格闘でした。
このようなことは珍しいのですが、襲いかかられたら、
いつものように、でっかい犬に毅然と飛びかかっていくのです。
吠えることはなく、可愛がられているのですが、
気が強いワンコロです。


疲れたのか、
今は、デスクの側で、遊んでいます。
ワンコ自宅

もうすぐにも、
大股開きで、鼾をかきそう。


ワンコ伏せ


宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓

 
生活・文化(全般) ブログランキングへ




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 
 



住むのには、高層階⇒低層階⇒地上階。

5-25法曹千夜一夜
最近、ゼロ歳から4歳までの子供の転落事故が増えているそうです。

「三階建ての自宅の屋上で、
 母親が眼を離したすきに一歳の男の子が、
 高さ約1メートルの手すりを
 置かれたプラスチックケースを踏み台にして、
 乗り越え、8メートル下の地上に落ちた。」

「マンション4階の自宅で、
 三歳の男の子と、九歳の姉と二人で留守番中に、
 男の子が、窓際のソファ横の網戸を突き破って
 地上に落ちた」

建築基準法では、手すりの高さ、縦格子間隔寸法が決められているが、
ほんの少しの気の緩みで、
思いがけない事故を起こす。

独身の時、新婚ふたりきりの生活の時には、高い高層階で住む。

子供が出来たら、低層階2階に移る。

年老いたら、地面の接する階に住む。


1960年代、住宅空間確保の時代から、
居住性の見直しで、より広い空間へ変わってきたが、
家庭内事故が、それに連れて増えてきている。

死語になった感がある「カギっ子」
親たちが、現在の時代では、昼間働かざるをえないが、
出来れば、子供たちが、エレベーターで移動する事のない、

低層階で、子供を守ってやりたい。

データ的には、判らないが、
エレベータでの上下移動は、ややもすると、億劫になり、
部屋に閉じこもる傾向もあるかもしれない。

高層階⇒低層階⇒地上階

同じ建物での上下の移動を、もっと考えても良いのかもしれない。


イラストは、1971年
発刊された「暮らしの中の 法曹千一夜」
堀部 進氏の、扉ページに私が、書いたイラストである。

1970年1月から毎週日曜「日曜サンデー版」38回連載されて、
私が、イラストを描いていたが、
その頃から、色々と考えさせられることが、多かった。

親が、良かれと思っての、家庭差生活が、
子供の目線では、どうなんだろうと、考えてみないといけない時代に、
少し、遅すぎる感じではあるが。



宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓

 
生活・文化(全般) ブログランキングへ




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 



予告編 近日書き込み

  • Day:2012.05.25 00:23
  • Cat:日記
転落事故
2012年4月5日。
中日新聞朝刊生活欄。佐藤まさーき漫画。

梅雨に向かい、更に蒸し暑さが来る頃は、
体がムズムズ、活動的に、
節電と強制的に押し付けられ、
窓をあける時が多くなる。

昔は、X軸×Y軸×Z軸で空間考えればよかったが、

今は、X軸×Y軸×Z軸×H=事故重くなる。




宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓

 
生活・文化(全般) ブログランキングへ




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 







ムシ、ムシ、ムシ。喜びつけもの。

tukemono
こだわりのぬか漬け。
こだわりの醤油。
こだわりの味噌。

弥生時代時に、生み出された醤(ひしお)

野菜発酵、草醤。=漬物

穀物発酵、穀醤。=味噌

生肉発酵、宍醤。=塩辛

これら、発酵塩蔵食品は、日本人の環境との共生から生みだされた生活の知恵。

知能を発達させるグルタミン酸を含む極めて優秀な健脳食品。
この知恵があったからこそ、極めて優秀な日本人が育って来たのです。

そして、湿気が、それを進めてきたのです。
湿気が、日本文化を作り、育ててきたのです。

何よりも、湿気は無数の酵素を増殖させる力が、あるのです。
発酵食品を、見つけ出した日本人の感性は、凄いですよ。

日本人は、客を迎える時には玄関に、打ち水をします。
お客を迎える、料亭も、打ち水をして、気持ちを込めて、お客を迎えます。
打ち水がしてあると、客は、心から迎えてくれと、
しっとりとした湿気に、親しみの気分になります。

欧米人は、雨が振って濡れていると、よく水分を拭きとって、客を迎えます。

これを見ても、根本から、日本人と欧米人との考え方の違いを、理解できると思います。

自然と闘い、自然をねじ伏せ征服を試みてきた狩猟民族。

自然に逆らわず、出来るだけ壊さず、自然と融和してゆく農耕稲作民族。
今違いを、きちんと理解しないと、表面的な模倣形態に、なると思う。

「床の間」が、英語に訳せないのも、
「畳」が、英語に訳せないのも、
「枯山水庭園」が、英語できちんと説明が付かないのも、
きちんと、そこを、見極めて行かないことには。


和風庭園の苔の生えている庭を、日本人は眺めて、
若き人も、年老いた人も、
魂のふるさとの思いに、ふけり、ゆったりと安らぎを覚えます。
心やすらぐのは、湿気と、生活の中で、深く関わり合って生きているんです。

日本料理。家庭料理。食品のほとんどの部分は、
湿気によって増殖した酵素を媒体としたものです。

高温:多湿の条件の自然環境の中で、暮らしてきた日本人の知恵。

ムシムシ、ムシムシランド湿気の時。
ぬか漬けきゅうり、大根ポリポリ。
ビールガバッ。
う~~~~~~ん。うめえ。
これぞ、男に生まれケレ。

う~~~~~~ん。うめえ。
これぞ、女に生まれケレ。



ぬか漬け、この至福のためなら、出来るでしょう。



宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓

 
生活・文化(全般) ブログランキングへ




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 




あなたは広告費をどぶに捨てていませんか?きっとそうです。

あなたは、会社を知ってもらうために、
ネット集客に多額の広告費を
かけていませんか?

もしあなたの会社のホームページが
他の競合サイトに打ち勝って検索エンジンで
1位表示されたらどう感じますか?


そして、あなたは、
こう思ったことはありませんか?

「PPC、メルマガ広告、ポータルサイト、
検索サイト・・いろいろあるみたいだけど、
どれがいいのかちっともわからないなぁ。」

「言われた通りにやったのに、
全然お客さんが集まらずに、損しちゃったよ。」

「ネット広告なんて、高いんでしょ?
そんなことできないよ。」

「そもそも難しそうだし、よくわかんない。」



少しでも思ったことはありませんか?
少しでも思ったら、絶対にこの動画を
見た方がいいです。
http://123direct.info/tracking/af/507191/SPMxIS5C/

この動画には、

お金や労力を全くかけずに、

あなたのホームページに

ワンサカお客さんを呼ぶ方法が、
明かされています。


そして、
来月も再来月も
来年も再来年も
ずーと、安定的に稼ぎ続けること

さえできてしまいます。

SEOの神と呼ばれている
伊藤虎太郎さんと、
ネットビジネスで月収1億円の
与沢翼さんとの
夢の対談動画で公開されています。

今だけ無料なのでお見逃しなく。
http://123direct.info/tracking/af/507191/SPMxIS5C/
 

システムキッチンピッカピッカ。それで紙皿‥‥

システムキッチン
TOTOさん、ごめんなさい。あくまでも、イメージで使わせて頂きました。



お昼時になると、サラリーマンたちが、移動辨當車に、コンビニに、
少し贅沢に「おふくろの味」の店にと走る。

もう、30年ほども前になるが、毎晩、座ると何万と取られる店に通いつめていた頃です。
その店では、当時珍しく突き出しに、その辺で出されるポッキー、果物でなく、
ママが昼間に自分で作る「おふくろの味」に、客が嬉しそうな顔から飲み始める。

芋の煮っころがし、ひじきと油揚げの煮付け、きんぴらごぼう、ぬか漬けのきゅうりやなす。

当時はとても人気で、毎晩食べたくて、高いお金を払いながら集まる、客を見で、
そうなんだと、独身の身である私は、しみじみ見ていたのです。

あの頃からなんですね、

「美味い漬物、家じゃ食えないよ。女房のやつ、やれ手が臭い、荒れると言いやがって」

ぶつくさこぼしながらの言葉を思い出している。

確かに、糠みそを掻き回すのを疎かにすると、
糠みそは直ぐに腐る。
何時もかき回してやらないと、腐敗菌が発生して、酵素を殺してしまうし、
少し塩が甘いと、発酵し過ぎて食べられなくなる、
まことに手間がかかるものである。

たとえ自分が糠みそ臭くなっても、家族のうれしい笑顔を、
楽しい食卓にするのが、女房の誇りでもあったのです。
家庭の味が、夫婦の愛を結んでいることもあると思う。

今、既に家庭の味が、殆どの家庭から消え、
すべてインスタントに、
各家庭で、家庭の味、おふくろの味を味わうどころか、
全国一律の共通の味を、しょぼしょぼと噛み締めるしかに無いのか。

糠みそをかき混ぜて、自分の家独特の漬物を作ることによって、
知らず知らずのうちに、健康に必要な酵素を取り入れていたのです。
日本人の生活の知恵です。
コレを、放棄した、女房たちに、もう一度見なおしてもらいたい。

ネイルペインティングも、悪くはない。

臭くなるから嫌だと、
毎日手入れするのも面倒と言い離すのも、わかる。この時代ですから。

昆布、椎茸、鰹節、いりこからとった出汁の、旨さが判らいのも、
天然のグルタミン酸の持つ旨みを味わったことがないから、面倒なのもわかる。

でも、凄く、哀しい時間の過ごし方です。


もう、買ってきた惣菜でも、インスタントみそ汁でも、甘んじて受けますが、

これだけは、考えて欲しい。

せっかくの楽しい食事に、

食卓に、スチロールそのままに出さないで欲しい。

カップの紙臭いなんとも言えない匂いのミソ汁もそのままに、置かないで欲しい。


1960年代の女性の家事労働軽減から始まった台所革命が、
システムキッチンにお金を掛けて、
インテリアもサモサモでも、
キッチンが汚れるからと、
紙のお皿では、インテリアが泣きまくる。





宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓

 
生活・文化(全般) ブログランキングへ




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 





しきたり、気配り忘れた、日本のすまい。

えんがわ
http://www.cosmohome-co.com/blog/sikakenin/post_238.phpより・

天井の高い空間で育つのは、
心が解き放たれて、おおらかに育つものです。

今の環境では、望むべきものがないのですけれども。

かっての日本の空間は、凄く開放的でした。
家と道との間には、塀や垣根があっても、
目隠し程度のもので、自由に出入りが出来るものが多かった。

しかし、
どんなに親しい人でも、必要のない限りは、庭の中には入ってはきませんでした。
そこには、目に見えない境界が、幾重にも張られて、
お互いに侵してはいけない領域を心得て暮らしていたものです。

日本の開放的な住まいには、かっては、玄関、勝手口、縁側。
少なくても、この3箇所の出入口があったのです。
そこは、たんなる出入口でなく、座敷に上げるまでもない訪れた人を接待できる空間でした。

玄関は、正式な訪問客。
勝手口は、家庭の内向きな用事。
縁側は、近所の人とのコミニュケーションの場であった。

縁側に近所の人が集まり、話が弾む時、
例え障子が開け放されていても、座敷の生活は侵されないのです。
客を、座敷に上げても、プライベートな空間、茶の間を覗くことはしません。
用のある時には、障子の外から声を掛け、許されてから、部屋に入ります。

そこには、
たとえ見えていても、見てはならない心理的な境界があったのです。

家と外との間には、幾重にも眼には見えない心理的な境界があったのです。
その中間的な場が、子供たちの遊び場でもありました。

口遊び。
縁遊び。
軒遊び。
辻遊び。

その遊びの中から、様々なしきたり、礼儀を学んでいったのです。

他人を思いやる、心遣いを学んだのです。
室礼も学んだのです。



今。見直さなければけない時に来ているようにも思うのです。
現在の、アパート、マンションは、出入口はただひとつのドアだけになってしまいました。
戸建住宅も、塀をめぐらし、拒否をしているように、なりました。


宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓


人気ブログランキングへ 




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 




そーめん、一本一本数えて、大学教授なり。

soumen

以前、すごく仲がよく、私の応援団の中に、
国立大学の事務関係に務めていたお局様女性がいた。

ある日、彼女に興味があった大学院の研究室に連れて行って貰った。
医学部研究室独特といっていい、何とも言えない、匂いの部屋に。

其處で会ったのが、とても信じられない大学院生であった。
見ていると、一本一本そうめんを、数えながら、
軽量秤に乗せているのではないか。
而も、格好はかなりだらしがない身なりであるが、
真剣そのもの、凛とした眼光厳しき雰囲気。

「そうめん構造図と、人間のDNAに及ぼす、相関において」
「そうめんが、人間に与える体内組織変化及び、細胞作用」
「そうめんが、‥‥‥」wwwwwww

頭の中が、真っ白白、パニック第1段。
そうめんを、一本、一本丁寧に計りながら、
それも、そうめんは、もろく、折れやすいので、慎重丁寧に。

やおら、立ち上がり、沸かしておいたお湯の中に。
おおおおお、
「そうめんが、沸騰するお湯の中で踊る絡み具合と、DNAの絡み具合との相違」
「そうめんが、茹で上げ、胃の中での最適作用」

茹で上げ、水に晒し、
美味しそうに食べ始めるのではないか。

ゲゲゲげ、彼のお昼の食事ではないか。
パニック第2段。

一本一本丁寧に数えるのかあ。
いちいち、秤で重さを量るかあ。

医者の卵であっても、この状態であるから、研修後には、一体どんな医者になるのか。
博士課程を得て、研究員になり、大学教員=教授になるのかしらん。

今、問題になっている「大学院重点化」
1991年。
作ったはいいが、当時大学院在学者が、9万9千人が、
2011年には、約27万3千人。

遣りっ放し、垂れ流し放し。あーーーとは、知らんぷり。知らんぷり。
弁護士も、博士課程を終えた人も、勝手に、シーランプリプリ。
「雇止めは使い捨て」状態だって。
使い捨てカイロ。使い捨てコンタクト。使い捨て非常勤講師、使い捨て若手研究者。

教育費も、医学関係がずば抜けて高いのに、次が、デザイン関係なのも、これまた、
「恥ずかしながらの、横井庄一であります」です。

教育費が、莫大であるのだから、当然小さい頃から、以前書いたように、
天井の高い、立米空間で、大切に育てられて、
優秀な頭脳にしてもらったのに。

天井が、高い空間で育てられるのは、
大物になるのは、なんとなく、データがないと信じないバカ殿には理解できないが、
私の、頭脳明晰な第6感がそう、教えてくれる。

誰か、この問題を、研究する人はいないのかな。
まず、無理だけど。



宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓


人気ブログランキングへ 




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 



森繁久彌、宇野重吉がこよなく愛したしもたや割烹。

  • Day:2012.05.19 00:44
  • Cat:日記
images5-18菊

前回話したように、東京に行く予定が、なぜだか、名古屋で途中下車。
此処で、根を下ろして、ある面排他的風土の中で、愛されて。

私を、息子同然のようにかわいがって、育ててくれた人が、3名います。

ママおばさん。

その内の一人が、菊ママおばさん。
博多の一流芸者で、料理人と、手を携えて駆け落ちです。
博多芸者の、気っ風の良さそのもの。

名古屋公演があると、必ず宇野重吉も、森繁久彌も、楽しみに来る割烹。
10人にも満たないカウンター。
檜の一枚板であるが、
旦那が、惣菜料理を仕込んでいる時に、
一所懸命にレモン半切りで、カウンター磨き。
あまり磨きすぎて、少し穴が開いてしまったカウンター。これが、とても良い。
大皿に、惣菜料理が並び、
客は、此れ何個、これも何個と自分の好きなものを、
自分のお腹と相談しながら注文をする。

宇野重吉には、会っていないが、菊ママおばさんからよく聞いた。
森繁久彌とは、何度も、最後は、付き人2人が、、
引き止めるのを振りきり、美味しそうに料理を食べていた。

二人共、楽しく、よくお酒を飲んでいた。

私が最後に会った時、付き人に、両脇を支えられながら、
少し覚束ない足取りで帰る、なんとなく、後ろ姿がさみしげであった。

当時、私は、繁華街の中に、秘密部屋を借りていた。
ちょこちょこ仕事部屋。
秘密のナ・イ・ショH小部屋。
無頼なデザイナー達が、女の子を引き込む部屋。
高級ナイトクラブのバーテンダーと、ホステスが住む所がないので、
仕方なく、私は、母親の家に帰る部屋。

訳が、分からないがそんな部屋を借りていた。
夕方になると、
菊ママおばさんのところに。
客がまだ、いない頃に、特別に食べさせてもらっていた。

飲んで、食べて、結構な所を、内緒千円ポッキリで。
その頃、旦那は仕込みが終り、
こざっぱりと着替えて、好きな女の所に飲み歩き。

小さな割烹。
大皿に盛られた惣菜料理、
好きなだけ、お腹と相談しての注文。
アルミのひきどっこで湯煎お燗。
しもたやの、暖かい空間。

もう失くなってしまいました。
子供が小さい時に、チョイの間の畳の上で、寝かしてくれたり、
オムツ取り替えたり、
満員で、待っている時に、目の前の公園で、子どもと遊んだり、
時に、私の母に気遣い、料理を持たせてくれたり、
そんな空間が、なくなりました。

暖かく、素敵な菊ママおばさんだが、
啖呵も、凄かった。やはり、博多芸者。

当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの歌手が、10人で満席の店に来るなり、
「俺は、◯◯だ。腹減ったから食べさせてくれ!」と、来たもんだ。
偉そうに、4,5人も付き人らしきもの引き連れて。

「とっとっと帰んな。有名かなんか知らないね。
此処じゃ関係ないから。下品な奴は入れないから、けエンな。」



宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓


人気ブログランキングへ 




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 



捨てるものをお金に変える、倹約風土。

tebasaki
土自体が、「倹約」を基本とするので、
倹約から生まれたものを、簡単に受け入れていく。

1963年、東京オリンピックの前年、一人の男が
九州から、名古屋に降り立つ。
不思議と、私の贔屓の店は、九州からの料理人が多い。
多分、東京を目指しながら、途中下車には適当な土地かもしれないのが、名古屋である。

その人の名は、大坪健庫。
鳥料理の材料仕込みで、仕入先で見たのが、手羽先。
スープの出汁程度の材料しか使われない時代に、出汁にもならない幼い鶏の廃棄物の山積み状態。

ここから生まれたのが、元祖手羽先。風来坊。

ネーミングがいい。元祖なんて。
いわゆる手羽先唐揚げでしかないのに。

ほぼ、ただ当然の材料に、自分の研究していたタレを、上手く組み合わせた。

これが、爆発的に人気を呼ぶ。
美味いんだナ。これが、中毒になる。
一気に、彼女といっても5人前ぐらい平らげる。
食物麻薬ですよ。

私の周りにも、かなりの中毒患者集団がうごめいている。
仕事帰りに、週に何回も子供たちへのおみやげに買うほど。

真剣に、この味を自分で作りたいと思って、見ていた、
間違っているかもしれないが、
まず、低温で内部までじっくりと、瞬時に高温の鍋に移し、表面をぱりっと。

この2度揚げとタレが、あのやみつきの味の演出ではないか。

風来坊

この店が良いのは、フランチャイズでないこと。昔ながらの暖簾分け。
席に着くなり、「お飲み物は何にしますか」「取り敢えずビール」
コレがない、「なん人前ですか」から始まるお優しいお言葉ですねん。
考えれば、完全上から目線。
でも、いいんだよな。「手羽先」から、食べろですから。

ちょっとした組み合わせのひらめきと、受け入れてくれる風土。
ムダを省くのが、「倹約家」

斜め目線で見れば、食品安全基本法に縛られて、
無駄に捨ててるものが多い。



宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓


人気ブログランキングへ 




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 





ファッションの縮図かな、名古屋は。

厚底ファッション
1977年頃にも、盛んに言われていた言葉に、
「名古屋で、成功すればどこでも通用する」
現在でも、多少はこの考えが残っているのかもしれない。

NHKでも、アナウンサーが、東京に帰る最後の難関通過地点が、
名古屋であった気がする。
当時は、何人も局で見かけた人が、その後、東京に帰り、全国区のニュースに出ていた。

行政の東京、商業の大阪に挟まれ、
大昔は、箱根が情報の分岐点でしたので、
京都寄りの文化圏から始まったのかもしれないが、
それにしても、名古屋人には、独特の発想法があり、
それが名古屋人の強烈な個性を創りだして、誤解を生んでいる面は、否めないが、

この個性が、現在の混迷している時代に、
もう一度見なおすことが必要かとも、最近考える。


10年以上前、頼まれた講義で、良く名古屋ファッションを貶したものです。
東京から、講義のために朝の新幹線で名古屋駅に降り立つと、
持っているもの、着ているものは、高価なものですが、

着こなしの野暮ったらしさは、なかった。

ごく普通の仕事を持つ女性が、自宅通勤でアパート代が必要でなく、
稼いだ金は、結構自分のために使えるのが、名古屋女性。

反面、つい最近まで街頭で配られていた無料ポケットティッシュを、大量に貰い、
家で、テレビ見ながら、一枚一枚綺麗に整理して、
ティッシュ箱に詰めている女性を、知っている。
自分投資内職ですナ。これが。

この心理は、理解し難い。
「ケチ」ではないです。単なる節約を旨とする「倹約家」でもないみたい。
「ラブホ」からも、きちんとティッシュを、抜き取ってくる行動。

聞いても、ゲハハハ。で終わり。

婚礼家具を、運ぶ時には、家具店の営業マンが、ぽち袋を沢山ポケットに詰め込んで、
行くので、仕事の関係で聞いたら、車がすれ違うときに、バックは許されないので、
相手の運転手に、ぽち袋を渡して、
後ろに下がって,道を開けてもらうのだそうだ。

更に、理解しがたかったのが、
1回目の私の結婚の時に、突然、見知らぬおばさんが押し寄せてきて、
勝手に、婚礼ダンスの中を、品定め。
何でも、彼女の方の親戚だそうですが、これまた驚き。

更に、驚くのが、婚礼に車を持たせると、
和室10畳の畳の上に、婚礼道具と並べてあるのにも、これまた驚き。

流石に、もう失くなった。
アパート、マンションでは出来ないから。
婚礼家具も、ひと通り揃えて、実家に置いてあるのは、これも、解せない。


「倹約家」なんでしょうね。

近所のMEGAドンキに行くと、
まあ、凄まじい。

シャネラーあり、
LAファッションあり、
ピップポップファッションあり、
農家ファッションあり、

突然、懐かしき厚底ファッションまで。

理解に苦しみながらも、


倹約家」なんでしょうね。





宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓


人気ブログランキングへ 



特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ

あんかけスパ。どんなん。

ヨコイ

その名も、あんかけスパゲッティ。
私には、理解できない名前です。

1965年当時、大学教授が、
「おまえ、教師に向いていないから、卒業生がいるNHKで、バイトしてこい。試験があるけど」

一応、国立の学芸大学(現在、教育大学なんです)ですよ。
国費を使い、教師養成のはずなんだがね。
最も、私の専攻の学生は、ほとんどが、民間に就職してるので、そんなもんです。

さて、
試験を受けて、NHKの、ニューステロップのバイトです。
此れが、天国。結局、4年間も。お世話になり申した。
当時は、最初は、手書きでしたよ。
最後は、一応コンピュータでしたが。

最後のニュースが、終わると、「飯食いに行くぞー」
当然、局の人のおごりです。ウキウキ、チャンリン。
時代は、高度成長、街中タクシー待ちが、ひしめいて、おもちゃ箱。

時々、連れて行ってもらったのが、
「そーれ」という、アントも汚いオープンキッチンの店。

スパゲティ専門店で、此れが上手い。やみつき。
ピリッと辛い辛口ソース。
この辺りが、名古屋人の屈折感覚。

ミートソースでは満足せずに、
此処でも、尾張人、織田信長の気配を受け継いで、   
そこに、スパイスで、豊臣秀吉が加わり、です。

「そーれ1,5」ご注文、それで終り。真っ赤なソーセージ乗せ。
量も、(1)(1,2)(1.5)
太さは、2,2ミリ以外は、絶対に合わない。
トッピング(当時は、シャレテこの言い方はなかったと思うが)
カントリー(肉)。ミネラーゼ(野菜)。両方あわせて。ミラカン。
私が、好むのは、ピカタ。大好物なり。

此れを創りだした、そーれのチーフ?山岡博が、独立して、ヨコイ。

この店は、電通の仲の良いアートディレクターと行ったのが始まり。
クリエイティブ仕事の連中は、味に拘るのが多いが、
やはり、味に拘るやつでないと、良い仕事は出来ない。        断言。

まだ、この辺りは、店の名前で、スパゲティを呼んでいた。

「スパゲッティ。そーれ、行こう」「ヨコイのスパゲティ行こう」とか。

5年前まで、あんかけスパゲッティ。知らなかった。
その時、友達が、「あんかけスパゲッティに食べに行こう」
新し、めずらしいものが、食べれると、勇んでいけば、ゲロっち。

恥かいた。wwwwww

商品があって、暫くして、その名がつくのは、記憶にない。

なんとも、解せぬ、名前だよ。
中華のあんかけでもないのに。
聞けば、あんかけうどんから、付けたのだとか。
此れも、解せぬ。

意味不明の名をつけるのは、尾張の風土、織田信長。豊臣秀吉の流れか。

今でも、「ソーレ」「ヨコイ」以外は、認めぬ。

それ以外は、適当に、あんかけでも、勝手クサに呼んでいれば。


東京人よ、騙されぬな。



宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓


人気ブログランキングへ 




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ。

母の日だから、辺見じゅんさんの言葉。

ゆったり、のんびり、気持ちのよい空気の母の日。

作家、歌人。辺見じゅんさんの、72歳の遺言。

21世紀に書き続けるためのキーワード。

ふるさと。

きずな。

命。

(一番大切な)歴史に学ぶこと。


歴史と聞くと、直ぐに、年号を気にする人が多く、
頭から単なる過去の事だと片付けているのは、
指導要項教育の誤りです。

その時の風俗。風土。服装。教育。食事。住生活。次々と横のプラネットの繋がりがなくては。
歴史は歴史、地理は地理、縦割り縮図教育ではいけない。
現在の、教育能力では、まず、無理かもしれない。
専門家を、育てるのでなく、その中から、興味を持ったものに、
子供たち一人ひとりが、見つけ出していくことではないか。
頭から物事を信じるように、教えこまれたのが、日本人の教育。

「問い続けろ」あらゆることに、疑問を持つこと。

自ら問題点を見つけ出すことは、出来ず、押し付けられて、信用をしている感じです。

人間を基本に置き、縦軸でなく、横軸で、切らないといけないのです。

今、求められているのは、母からの伝え、
料理。此れは、今を見ていると無理なようにも思うので、
おばあさんから、色々と伝えてもらうことが多いと思う。

たまには、スマホを離れ、携帯を離れ、TVを離れ、すべてのことを離れ、
まったりと話して見ることです。
一輪の花と美味しい、スイーッを買って。

私は、母が大嫌いで、でも、大好きでした。
大変な自宅介護であり、楽しくもあり、
明治生まれの、頑固で、しなやかで、折れることなく。柳のように。
亡くなる、1ヶ月前に、初めて、ポツリと。
「ありがとう」の言葉でした。

全ては、理解できました。
一言で、分かり合えるのが、親子の血です。

第2時世界大戦後の、混乱、高度成長期に向かい、
1960年代からの、
過去ではなく、次の未来を知るために歴史がある。

このブログ、難しいと言われたが、
また、難しくしたのかしら。

ごめん。ペコリ。




宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓

人気ブログランキングへ 


特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ。

コンビニ弁当は、「辨當」より深い。

GK
コンビニ弁当は、年に数えるほどしか私は、食べないが、
コンビニに行くと、必ず弁当コーナーを覗く。
現在の食文化を、凝縮している世界を実感する為に。

「日本人は、世界一の雑食民族だ」樋口清之氏の言葉通りかもしれない。

1989年後半~1990年代、パックの容器に、ありとあらゆる物を詰め込む、
よく見ていると、日本人の欲の深さを、そのまま、良きにつけ、悪しきにつけの発想。

「弁当」は、「好都合」「便利なこと」を意味する中国南宋時代の俗語「便當」が語源ともされており、
「便當」が日本に入り、「便道」、「辨道」などの漢字も当てられた。
「弁えて(そなえて)用に当てる」ことから「辨當」の字が当てられ、
「辨當箱」の意味として使われたと考えられる。
英語では、日本語をそのままに「bento」と呼ばれている。
ーWikipedia


起源的に見ると、平安時代まで遡る。
安土桃山時代には、漆器の弁当箱になり、
江戸時代では、「幕の内弁当」が、現れる。

明治時代には、安月給の下級役人は、 「腰弁」と呼ばれる。
現在の悲惨な、相変わらず国の何かが起こると、その場当たりの遣りっ放し政策の結果と同じく、
「いそ弁」言葉の意味が違うが、何か共通するものがあるみたい。


此処でも思い出した。

冬の暖房装置にストーブが教室にあり、、
投稿すると同時に、我先に持参したアルマイト弁当箱ごとストーブの上に置き、
保温・加熱すると、授業中に、沢庵の匂いが漂い、
腹が減って、授業どころではなかった。
楽しくも、のどかな思い出。


「幕の内弁当」は、本膳料理の流れをくむ、江戸時代から。
「松花堂弁当」は、会席料理(茶料理)の流れで、昭和からと言われている。

この世界を、栄久庵憲司氏「幕の内弁当的発想と生活文化」
㍼56年月25日「日本の知恵と伝統」私の蔵書より。
の展開が、好きなんです。

栄久庵憲司氏とは、デザイン会議で,委員をしていた時にパーティでお会いし、
その後、何年も年賀状のやり取りをしていた。

東京芸大在籍中に東京藝術大学教授の小池岩太郎のもとで、
友人とともにアルバイトグループGK(Group of Koike)を設立。(現、GKインダストリアルデザイン研究所、株式会社GKデザイン機構)
当時、ビジネスの世界では、デザインという概念・価値はまったく認知されていない時代、
日本の工業製品の成長を、支えてきたのは、デザインである。

私が知ったのは、ヤマハオートバイのデザインからだと思う。

表記写真=1961年、有名な「キッコーマンしょうゆ卓上びん」をデザイン。
「しょうゆ=キッコーマン」というブランドを打ち立てるのにも大いに貢献。
この商品は、発売開始以来一度もデザインを変えることなくロングセラーを記録、
近年は日本国内以上に日本国外でよく売れている。=

作業、行楽、遊行、料亭仕出しであった弁当が、今では、完全に生活そのもの、食文化そのものの地位を占め、
本来の家庭で作る愛情ある「手作り弁当」から、市販される「商品弁当」に、バランスが移ってしまった。

昔と同じ、24時間は変わらないのに、時間が足りないんだよね。

変な、情報過多操作に踊らされて。




人気ブログランキングへ 



特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ。




コンビニ弁当。また~~。美味しいけどね。

  • Day:2012.05.11 01:01
  • Cat:日記
コンビニ弁当http://chelsea2ki.blog63.fc2.com/ブログ写真より


時々、不便な所だから、車でコンビニに。
入院とかで、禁煙していたのが、
吸わないのが良いに決まっているが、どうしても、何かのきっかけでまた元へ。
脳内麻薬エンドルフィン。
バリ島の「ケチャ」と同じ、陶酔感から、義務的司令感です。

コンビに行くと、勤め帰りの女性が、コンビニ弁当、袋に入れ、
何故か、皆同じように肩を落として、自宅に。
スーパーに行けば、
大量のカップ麺を買い込んでいるパート帰りのおばさん。

侘しさが、身につまされる。

疲れて、時間がないし、気力もないのはわかるのです。
嫌な仕事相手、嫌な交渉相手、ねちっこいえばりや上司、
いやいやいや~オーラが、しっかり背中にへばりついて。

考えます。

ほんの少しだけ、自分を見失わなければ、ほんの少しだけの時間で、
クリエイティブな自分が見つかるのに。

MEGAドンキで、スパゲティ1キロ、198円。
1回、150グラムでも、約1週間。
パスタソース、1人前77円。2人前98円。
何か、少し手を加えて、自分の好みの味に。

此れで、平日は、自分で作り、
日曜日には、お気に入りの美味しい食事をする。

そして、自分の舌を肥やす。
お金が、もったいなければ、男がいます。

「貴方に、美味しい物を手料理で作りたいから、
美味しい味を知りたい。つれてって~~。」

ウソンコでいいです。

男は、こう言われると、俺に、気があって食事の後は、ムヒヒヒ。妄想状態になるから。

でも、間違えてはいけません。
男に、美味しい物を食べさせる。なんてことは、絶対の思わないこと。
自分のために作るのです。
自分の食べたいものを、自分の味で。

戦後、復興から高度成長期に向かい、
父親も、母親も、娘に家庭の味を伝えることが出来なかったのです。
また、農村では、その習慣さえなかったのです。
お金がある一部の家庭では、料理学校に通わせて、
花嫁修業の名のもとに、やはり家庭の味を伝えていないのです。

言ってはいけないかもしれないが、
料理学校で習う料理を、毎日出されたら、ゴメンだね。
計量カップ臭くて。

大体、明治半ばから初めて、家庭に計量カップ、秤が現れたのですから。
これも、西洋料理から入ってきたと思っている人がほとんどだが、
「赤堀料理教場」が、考えだしたと、言われている。

それまでの料理は、料理職人の世界では、「味は教わるより盗むもの」
大工等のの職人の世界でも、昔は、この言葉です。
材料の鮮度の状態、旬であるのか無いのかに寄って、調味料の使い方が、変わってくるものです。

此れを、「塩梅」といいます。塩梅は、数字では表すことが出来ないのです。

この「塩梅」を、普通の家庭の女性に、まさか「盗んで学べ」とはいえなかったのです。

此れで、「塩梅」を、計量化せざるをえなかったのです。

大正時代の台所改善の模範例図を、見れば、必ず、書き込まれているのが、台秤です。

これで、頭の良い人は、理解。
味の分からない人は、不理解。




車にシャンデリア。潔癖症。ですかね。

  • Day:2012.05.08 21:50
  • Cat:日記
ピックアップ
いつからなんでしょう。
車が、自分の居間になったのは。

何年も前、山中湖賛美が丘に、家族と過ごすために、通いました。

そこで見たのが、私の想像を完全に覆されるパニック。

まあ、豪華絢爛。シャギーラグのような、ダッシュボード。
豪華絢爛きらびやかなシャンデリア。


チカチカチカ。カチャカチャ。

更に、さらに、(*_*;目が点。
ナッなんと、車から、

振袖髪飾り小麦畑のウンウンファッション
綺麗な手元で、車から、ポンと地面に置かれた草履履く。
おーー。正に、自宅の玄関。

乗るときも、きちんと草履を車の中に。
土足禁止です。

車は、A地点から、B地点への単なる移動空間でしかない、私には、怒涛の目が点。
そこに展開されてるのは、正に、自宅の居間の延長です。

そういえば、会社でも、湯のみ持ち込み、「自分湯のみ」オッサンスタイル。

潔癖症が、ですかね。

きっと、 「器だけの居間」 にしてしまった、間違いです。

メーカー主導の生活革新が、本当の人間としての生活改善よりも、
消費市場に置き換えられてしまった結果です。

テレビを始めとする情報操作産業に、
都市化が、第3次産業を肥大化させ、
考え、議論をする主体的な人間よりも、
ファッションに心奪われ、主体性喪失な人間を創りだしてしまった。

こうなったら、ピックアップの荷台に、
特注仕様テーブルと椅子を置いて、

優雅に、街中を走りながら

「ピックアップで、朝食を」

ティファニーで朝食をなんて、眼ではない。



潔癖症が、「箱膳」を、生んだのかしら。

  • Day:2012.05.08 01:18
  • Cat:日記
箱膳

日本人の潔癖症を、上手く取り入れ、資源の無駄を省くのが、割り箸。

その点から考えると、「箱膳」もその系列に含まれていると考える。
いつどのように、これが良くは、知らない。

食器にも、「個人専用」があった。
食器の個人所有を、収納するのが、箱膳である。

記憶にあるのが、武家、商家の丁稚奉公の生活。
農家の大半。それと、家族の食事、宴会でも、全て個人単位の膳が、用いられていた。


これは、日本の食事文化の特徴の一つであることは、理解できる。

箱膳がまだ使用されていた、1935年(昭和10年)このころまでは、会話がなく、食事のみ。
決められた集団の食事行為。

それが、ちゃぶ台になり、個から家族単位になり、会話ができるように。

そして、公団住宅を契機に、テーブルに変わった。

此処で、皮肉にも、

また、会話がなくなった。

箱膳の連帯感のある、会話がないのとは違い、
偏った民主主義で、時間はバラバラ、家族が揃っても、TVが主役。

私が、話すよりも、此処にもっと素敵な記事を転用したい。
朝日新聞デジタル>マイタウン>長野>記事。


箱膳で子らに「食」を伝えたい 


2011年12月16日
池田玲子さん(県農村文化協会委員―長野市在住)


今日は小学4年生の箱膳体験の日で、先生は地域のおばあさんたち。

1人分の食器を収納し、食事の時はふたを裏返してお膳にする箱膳。

信州の農家や商家では、ちゃぶ台が普及する前、昭和30年代ごろまで使われた。
それを知らない子どもたちは、畳の部屋に並べられた座布団と箱膳に、けげんそう.

おばあさんが子どもだった頃の話を聞いて下さいね、と始める。
 
 「小学生になると一人前の証しとして箱膳をもらい、朝晩の決まった仕事を与えられた」
 「飯だと聞いたら火事より急げ。みんながそろうまでは箸をつけない」

ご飯とみそ汁、尾頭つきの焼き魚、旬の野菜の煮物、たくあん2切れの皿を、それぞれ箱膳の上に並べさせる。
 
「これが日本食の、あたり前の一汁三菜」 

手を合わせて5秒間、黙祷(もくとう)し「いただきます」の感謝の言葉。
一口食べたら、子どもたちは大声で「おいしい」という。

お箸の使い方や、ご飯とおかずを交互に食べる口中調味の食べ方、

取り回し料理は食べる分だけを取って、絶対に残してはいけないことを教え、世界の飢えに苦しむ子どもの話をする。
「みそ汁一杯三里の力」と言われるみその効能や、魚や野菜に「いのち」があることの話も。

最後に白湯(さゆ)とたくあんで茶わんをすすいで「ごちそうさまでした」。
各自で食器と箱膳の始末をする。

世界中から食料を買い集めながら、多くを捨てる飽食・呆食の日本。


無国籍料理や過度の栄養素信仰が幅をきかせる中で、食べることが、いのち、感謝や祈り、愛でもあること。

自然と共に暮らしてきた民族のありようを、この子どもらに伝えておきたい。

伝えずしてこのまま灰になるわけにはいかない。

箱膳は、それを語るのに格好の道具になる。 


新しい風が、吹きそうです。

今回…

アフィリエイトが誕生したアメリカ西海岸から
“第二のアフィリエイト新風”が到来しました!

アメリカ西海岸から初上陸した
最新アフィリエイト手法です。

「日本のビジネスはアメリカから10年遅れている」

という言葉をよく耳にします。

実際にアメリカはネットビジネスもかなり進んでいて
アフィリエイト先進国と言われており
年収1億円以上を稼ぐアフィリエイターも多数いるようです。


≫http://www.cs-mts.jp/items/go/82mx?afid=5507

まだ観ていない方のために

どんなことがこの動画で語られているかを

一部ご紹介しておきます。


◆沼倉裕、そして葉山直樹にアフィリエイトの本当の
 “やり方”を教えてくれたJeffrey Martinの手法とは?

◆今でこそ月収数百万を稼ぐ沼倉が教えを請うJeffrey
 Martin。その彼がやってきたビジネスの全貌


◆なぜ今までのアフィリエイト手法がダメだったのか?
 その具体的な理由。

◆Jeffrey式と日本式の圧倒的な違いを“図解”で説明

◆アフィリエイトにビジネス理論を持ちこみ、
 戦略的に“ドカン”と報酬を爆発させる方法とは?

◆日本でこれから未曾有のヒットを生むある媒体・市場とは?

◆海外のノウハウが日本に通用しない理由。
 しかし、そのノウハウを日本流に昇華させた時の爆発力と
 その加工済みノウハウについて。

◆アメリカでは圧倒的な売上を出しているこの市場を使い
 アフィリエイト報酬を倍増させる方法

◆知識0、資本0、ノウハウ0、でもスタート可能。
 スピーディーに収入を増やす方法。


まず一つめ、沼倉さん、葉山さんに
“アフィリエイトのやり方を教える”という
ジェフリー氏がいったい何者なのか?ということです。

この二人はアフィリエイターとしても
日本でトップレベルの実力者です。

ただ動画を観ればそんな謎は全て解消されます。
とにかく凄いの一言です。


そして重要なのが上から6つめの、

◆日本でこれから未曾有のヒットを生むある媒体・市場とは?

です。


さっき「凄いの一言」と言いましたが、
『絶対に真似できない』というものではありません。

むしろ希望が湧いてくる凄さです。


おそらく「未開拓の市場」が日本のアフィリエイトに
今後大きな影響を与えるのは間違いありません。

その流れを先取るためにも、
この動画は今のうちに観ておくべきだと思います。


アメリカ西海岸直輸入の
最新アフィリエイト手法が公開開始!

≫http://www.cs-mts.jp/items/go/82mx?afid=5507

最後までお読み下さりありがとうございました!


お料理学校から、「割り箸」へ

  • Day:2012.05.07 01:21
  • Cat:日記
waribasi

明治35年、日本最初の料理学校「赤堀料理教場」で生み出された
割烹着。

前回、簡単に高級料理「割烹」と書いたが、
現在では、かなり本来から離れた言葉使い方がです。

割=切り裂くこと

烹=煮たり焼いたりすること


日本の歴史を見ていくと、
割が主。烹が、従。  「割主烹従」なのです。

きりさばくことに、集中する面があるのです。
鎌倉時代の酒宴を見てみると、「包丁ワザ」が、華を添えている。

「包丁ワザ」は、平安時代貴族社会が生んだ、
味覚より視覚を重んじた食生活より来ている感じ。

煮物焼き物よりも、包丁さばきの四条流、大草流等の流派が出来たのです。

若い人には、判らないが、昔、海外渡航が難易の時代に、
アメリカ人の前で、サーカス曲芸のように包丁さばきを見せて、
チェーン店を大成功させたロッキー青木を思い出す。

文句が出ると思うが、現在では、ステーキハウスでは、この演出を真似てるし、
旅館、店では「刺身の活魚作り」
此に生きているのを見れば、理解できると思う。

更に、この「赤堀料理教場」を見てみると、
明治時代の二元性が、出てきている。

「台所には、二枚のふきんを、用意せよ」と教えている。

意味はわかると思う。


分からなければ、おいしいものを食べる資格はないよ。

これは、「割り箸」にも通じる日本人の「潔癖症」

これも、目利きがいたんですナ。赤堀峯吉のように。

江戸市民が消費した酒と醤油の量は、大変な消費量ですナ。

当然、入れ物としての樽が必要になる。

この残材を利用して、生まれたのが、「割り箸」である。

日本人は、昔からムダを省くのが上手いんです。
とことん使いこなしていくのです。

なんでも、地球環境。エコだ、なんて、ほざいて、

「割り箸」は、環境破壊だとほざく、あほくさ人間が増えたのが困る。

歴史を見れば、古代には、宴席一回毎に使った土器(かわらけ)は捨てていたんです。
「潔癖症」なんですよ。本来日本民族は。

一般民衆は、流石にこれは出来ないので、「自分の器」という、食事文化を生み出した。

日本人の潔癖症を、ほっぽった人が、
割り箸批判をしてる。

これまた、ちゃんちゃんこ結論。


理解不能の人へ。親切に。

京朱雀道具町
勝藤屋 記事より。http://www.katsufujiya.com/blog/index.php?ID=734

国産杉の間伐材を利用して作られた割箸が入荷しました。間伐材とは森林整備の際に森の木々の十分な日当たりを確保するため伐採された立木で、この割箸利用により間接的に森林の整備・育成事業に貢献できます。
また、輸入材の割箸と比較して間伐材の割箸は、環境への負荷を抑制するだけでなく、漂白剤や防カビ剤を使用していないので人体にも安全で安心です。商品は21cm仕様の元禄箸で、裸のタイプと箸袋入りの2種類があります。箸袋入商品には、間伐材マークや緑の地球がデザインされ、消費者のエコ意識にアピールしています。

商品コード 商品名 入数
00-11303-050 国産間伐材エコ割箸 杉元禄箸21cm 裸 100膳
00-11303-051 国産間伐材エコ割箸 杉元禄箸21cm 裸 箱 5000膳
00-11303-052 国産間伐材エコ割箸 杉元禄箸21cm 箸袋入      100膳
00-11303-053 国産間伐材エコ割箸 杉元禄箸21cm 箸袋入 箱 2500膳


おさじ2杯。ここからでした。明治15年。

  • Day:2012.05.05 22:26
  • Cat:日記
明治時代

料理学校が出来た。

明治15年、東京日本橋に。

明治維新で、大名、旗本に仕えていた料理人が、失業したのです。

やはり、今や、カッコつけてるフランス料理が、そうです。
フランス革命で、料理人が、失業して、やむなくコックたちが、
市民相手に街頭レストランを開いたのが、始まりです。

唯、日本では、失業して、店をだそうにも既に江戸時代からの料理屋が
繁盛していたので、これらの店に再就職です。

歴史は、同じですナ。

此処に、赤堀峯吉さんが、登場。彼が、目をつけたのが、
家庭の子女が、料理を学ぶのは、母親から伝えられる日々の支度が出来ればそれでよし。

江戸時代から、宴会は、「料理屋」で。

       家庭でする時には、「仕出し料理」で。

江戸っ子の見栄っ張りもあり申すが。

そんなもんです。
東京で、この状態。農村では、言わずもなが、デスナ。

赤堀峯吉さんが、目指すのは、

家庭でも、接客料理が作れるようにし、
日々の食卓を、豊かに。この理念。今ではないです。薄っぺらペラで。

当時の教育を受けた言わば、エリート奥様予備軍の願望を、特に、此処強調。

大名旗本婦人が、奥様と呼ばれていたのが、
明治以後、一斉に、当時の「官員住宅」「会社員」の婦人が、奥様になり申したんです。
それも、東京山の手の官員住宅が、形成された頃。

上手く取り入れたのが、赤堀峯吉さん。 
日本初の「赤堀料理教場」誕生。

2点、注目点があるのです。

1点=日本女性が、初めて台所仕事を「立ってすること」を知りました。

2点=「割烹着」が、この教場で考案されたのが、明治35年。

なにせ、意識も高い女たちです、身なりもきちんと整えて、気飾ってくる。
そこに、たすき掛け、前掛けでは、いかにも八百屋のおばさんスタイル。
更に、この格好は、上流には似合わない、下女の格好。

「割烹着」いい響きです。
此処に込められたのが、料亭でしか食べられなかった高級料理「割烹」を家庭に。

今時のレースでエプロンみたいなペラペラ感ではないんです。

もっとも、以前深夜TVで、すぽんぽんにエプロン一枚。
エプロンもこれなら、良いですナ。
最も、当時好きなタレントの一人でもあったので、5秒間、見た記憶があるだけですがね。

現在でも、割烹着姿、台所で、作業をする姿がいろっぺー。
これぞ、‥‥いーーわない。


番外編:主治医からのmail。ドキッ。ドキッ。山下久美子状態。

  • Day:2012.05.04 22:23
  • Cat:日記




私の個人的整形外科主治医からのmail。

こんにちは・・・
返事遅くなってすみませんでした…。トラブルが起きて徹夜作業になってしまいました…。

おはこんラジオ。5月4日、晴れて、気持ちの良い空気です。
事故が多くて、怖くて自宅で、過ごす小心者の私めです。

トラブル内容は判りませんが、徹夜するほどに凄いことはわかる気が。
仕事につきものですから。

貴方からのMailは、嬉しいのと、忙しさで体が持つのかの心配とで、考えながら、
やはり、Mailが来ると、

心臓ドキッ。

昔あったあの唄、赤道小町心境ですよ。
いかがですか。
一応、世間一般浮かれている時ですが、今だ忙しいですか。
連絡下さい。ありがとう。


以上、mail概要。

医師には、何時も感謝です。
ただし、脳天気に海外に遊びに行く医師は、除外です。

連休中は、車で動かないのに限ります。
県外ナンバーが、怖いのです。
運転に慣れてないのでなく、
その土地のルールが、わからないのです。

関東では、脇道からの車を交互に、入れてあげますが、
此方は、頑として、入れません。

冗談でも、譲りません。
割り込みも、頑として、ぶつけても入れません。

ぶつけられたら、ぶつけに行きます。

これはしないで下さい。

高速も、出口の車線に入りながら、
突然、間違えたのか、走行車線に入り込んできます。

後、20センチが、何度もあります。
頭にきて、かぶせたことも。

今は、しません。

何故なら、怖いから、高速には、乗りません。
この、恐怖の期間は。

突然、なぜだか、「赤道小町」が、頭の中で、渦巻いています。

YouTubeの書き込み、


「なんなんだ、このすさまじく可愛いおばちゃん」

時代ですね。

死なない、運転。気をつけて。




はじめチョロチョロなかパッパッ。スイッチポン。


フン

日本人には、かって農家の囲炉裏端、都市庶民住宅の茶の間、
だんらんの生活がありました。

私生活の確立を基礎に置く民主主義を無差別に受け入れてしまった。
狭いながらも、公団のステンレスシンクが、その象徴なのです。
以前、話しました。

「台所民主主義」

ここまでは、上手くいきましたんですよ。

此処に、「家庭の三種の神器」テレビ、冷蔵庫、洗濯機。

広告技術の進歩と、メーカーの戦略により、
それを買うことによって、「文化的」な生活が出来ると思い込んでしまった。

更に、更にです。

自給自足の農村から、都市へ移動してきた女性たち。
生活技術、母親から受け継ぐ家庭の味を、少しだけ伝授されたり、受け継いだりしていても、
この新しい環境には、殆ど役に立たない状態に置かれた。

「電気釜」家事労働の省力化でなく、
ご飯が、間違い無く炊けることを保証してくれる道具でした。

「家事について全く白紙の状態」の女性には取っては、これほどの道具はなかったんです。
生活技術の蓄積を持たない女性たちは、

設備と道具の充実=生活の充実。

此処が、大間違いのコンコンキチ。でありんした。

大間違いは、更に続く。

基盤がないので、頼らざるをえない「お料理レシピ」

大さじ何杯、何グラム。


知ったことか。


自分の舌があるじゃないか。
男たぶらかして、高級料亭に連れて行ってもらい、
舌に覚えさせればいいのです。

料理は、その時の体調によっても、味を変えるのが本当です。

最近、ご飯炊き土鍋を使いますが、
難しい。

指示通りにしても、何回かは上手くいかないし、
ガスの関係もあるし。
付ききりでいなくていかないし、

羽釜みたいには、上手くは行かないよ。 


血沸き肉踊る、あの頃。

  • Day:2012.05.03 00:16
  • Cat:日記




アメリカで、若者たちが既得権益の大人の世界に、
プレスリー、ジェームス・ディーンを起爆剤に動き始めた頃、

のほほんと、物心覚束ないなりにも、
母親から小遣いくすね、あのカタコトなる、なんとなく小便臭いイメージの空間、
ガタピシの椅子に暗闇で、血沸き肉踊る、ワクワクで、

あの、東映映画のタイトルに痺れていた。

中村錦之助、大川橋蔵、東千代之介、市川右太衛門、片岡千恵蔵、大友柳太朗、
月形龍之介、進藤英太郎、千原しのぶ、高千穂ひづる。

うお~~~。出てくる、出てくる。

笛吹童子、紅孔雀、旗本退屈男、風雲児織田信長、宮本武蔵。中村天風氏がモデルと言われる鞍馬天狗。

うお~~~。出てくる、出てくる。

そういえば、市川右太衛門の息子の北大路欣也。親子鷹。これも、ウン、ウン。


映画の世界で、その時々に、年齡に合わせて色々と勉強してきた。

大学受験のとき、雪の降る金沢で、試験前日に、やはり、映画館にうずくまり、
「ウエストサイド物語」を見ていた。

ヘミングウェイの世界も、映画から。

「男と女」の世界も、映画から。

若者の戦いも「イージーライダー」「ウッドストック」の映画から。

いつも、いつも成長とともに、映画のスクリーンがあった。

1960年代後半から、家庭にTVが進出して、
その場を失われていくが、
それほど広くもない空間で、
便利、簡便と言う名の小さなTV画面に慣らされて、

あの、血沸き、肉踊る感覚が失われてしまった。

明るい照明の下で、日常目にしているそのものの空間では、
この感覚は、絶対に無理である。

家で、うだうだ動きながら、何かをしながらの空間からは、不便かもしれない、

でも、

暗い空間で、大きなスクリーンに、映し出されるものと、
自分の意識の重ね合わせがないと、自分を成長させる学びが、無いのかもしれない。

家庭で、明るい空間で、話しながら、食べながら、飲みながら、楽です。
人間は、固定された所で、2時間もの間我慢し、話も、食べるのも控えなくてはいけない窮屈な空間。

窮屈であるが、それ以上に、自分を育ててくれる、作り手の思いが伝わる、

いま、スクリーンを大切にしたい。
 

あの頃は、みんな まっくろ。

  • Day:2012.05.02 01:05
  • Cat:日記
1964パンチ顔
湘南ボーイの裕次郎がいて、加山雄三がいて、
みんな陽に焼けてまっくろくろすけ。

海だ、スキーだ、とにかく遊び意外なにもない。
それ以上によく働いた。

若者が、元気よく動き回れば、
消費がついて回る。

24時間、一生懸命働き、一生懸命遊ぶ。
高度成長の波に乗り。

果てしなく、人間本来の欲望を、剥き出しにして。




シミも、お構いなく、連休中、太陽の下で、遊んでほしい。

携帯なんて、ちゃちなものは、捨ておいて。

メールがなくても、死にはせぬ。

音楽なくても、死にはせぬ。

政治家いなくても、死にはせぬ。


太陽がある。

自然がある。

素のままに。