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台風近づき、なんとなくミニライオンチワワ龍太動画。







先日、気晴らしに自然遺産の森へワンコと散歩。

偶然、9月17日「敬老の日」に登場したおじいさんと妻が残したダックスフントと会った。

もともと短足であるけれども、

デブなんですねぇ。
お腹と地面が2センチもないくらいのデブちん。

太りすぎだよ~。と言いたいくらい。

その上、円形脱毛症と来ている。



このワンコ驚くことに、

「アナグマ犬」と言われる猟犬。本能ですね、

イナゴを食べに来ていた。




おじいさんの庭の野菜畑の虫は一匹残らず食べ尽くしてしまったんですと。

草むらに潜り込んでイナゴを食べてたので、驚き。



我がワンコ龍太は、

匂い嗅ぎまくり、

おしっこかけまくり、最後は空砲ですがね。

もうもうと土埃を巻き上げるくらい勢い良く後ろ足で土をかける?



あ~~~、
何か芸があればね。
ボールを拾いに行くとか、さ。





宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。平身低頭。感謝でありがとう。

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陰翳礼讃よりも、カルフォニア日本区かも。。。。

カルフォルニアガール
1970年代に入っても、
親から、
「世間の目があるから」「隣近所にみっともない」言われ続けていたのです。

特に女性は、口を酸っぱくして言われたし、教育でも同じように教えこまれていたのです。


ベトナム戦争が引き金になり、
若者文化が既成概念と闘い、破れて。

ウーマンリブが叫ばれ、女性が社会に進出してきて、
このあたりから、文化が大きく変わってきたと思う。



日本人の太陽光信仰が定着してきたのもこの頃と思います。

日本人は、竪穴住居の土間空間の中で、暗いすみかに慣れた日本人は、
暗闇の中でこそ、本当に安らかな気持ちで眠ることができたのかもしれません。


第2次大戦まえに、農家の改善が叫ばれていました。
寝間の改善も大きな課題だったのです。


あまり、ピンとは来ないとは思いますが、
京都の町家などを思い出してくれると理解が出来ると思います。
もともと薄暗がりを好む民族だった。



これが変わり始めたのが、
大正末から昭和初期にかけてのことみたいです。

谷崎潤一郎の陰翳礼讃が書かれたのは、これも理解できると思う。

「われわれが住居を営むのは、何よりも屋根という傘を拡げて大地の一廓の日かげを落とし、
その薄暗い陰翳のなかに家造りをする」


また、最近はどこもかしこも明るくなって、日本情趣が失われてしまったと嘆いてもいます。



これは、冬の日射を最大限取り入れなくては、寒くてやりきれない
日本の気候風土にかかわりなく、
南方系の開放的な住空間を取り入れたのも原因がありそうです。


この住空間様式は、
戦後サンフランシスコ湾流域の住宅建築に影響を与えたのです。

これが、 「ベイ・リージョン・スタイル(湾地域様式)」と言われるものです。


その代表的建築家ウィルターは、こう述べています。

「日本住宅の様式は、日本の気候に適合しない。ホノルルにより適合し、

 カルフォルニアの気候に、最も適している。」



日本人が、カルフォルニアに、以外と引かれるのもうなずける。
東洋でなく、カルフォルニア日本区であるのかもしれない。



日本住宅は日本の気候風土が生んだものであり、
夏涼しく、冬日光を取り入れて温かいのだと教えこまれてきました、


少し大きい文字ふと、気がつくと、



あの薄暗い農家や町家に住んで、陰翳のある暮らしを好んできた日本人でしたが・・・・ 






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ブランドバックで、ジャージー上下ですか。

マック
朝、占いで「今日の貴方の運勢の色は○○○」
やはり、気になるんですよねぇ。女性は。
ウン??最近は男もかナ。

でもって、
やはりこだわり・気になりの女性が結構いるんですね。

洋服はなかなかのセンスなのに、
足元が、ネーーーッ。です。


上半身がシックなピンク系で、
ななんと靴のみ鮮やかなブルーでした。

きっと、朝家を出る時に今日の気分、ウキウキピンク系で決めて、
イザイカンとす時、気になり、

「今日の貴方の運勢の色はブルーです」

見て仕舞ったんですね。

無理矢理に、鮮やかなブルーの靴を選んでしまった。


優しく包んで、優しい解釈。
どこかにワンポイントでブルーを使えばよいものなんですが。



物質的に豊かにはなったけど、

行き過ぎの思いもあるのです。



あまりにも場の雰囲気を読めない人です。が多いように。
別に悪くはないけど、

田舎の地方都市で、ディスカウントショップに、

ブランドバックで、ではねえ。

しかも、ジャージ上下で。、



1971年(昭和46年)に日本マクドナルドが、銀座に出現した。

郊外型ではなく、銀座三越店内に
面積129m2と非常に小さな持ち帰り専門店で客席がなかった。


この時からです。

興味があったので、銀座まで足を運ん驚いた記憶が。

当時銀座4丁目の歩道のあちこちで立ち喰いが始まったのです。


当然、その頃の世間一般の常識には反していました。


「若い女が、街なかで立ち食いかよ。はしたない」



此処には、ユダヤ商人と言われた「藤田田」の巧妙な時代操作があったのです。

「銀座が流行の情報発信基地だ、銀座で話題になれば商売も必ず成功する」



本当に、これ以後、完全に大人発想と若者の発想が違ってきたのです。


一方では、ベトナム戦争が終焉に向かい始めていた時代でもあり、
ピース運動が叫ばれ、ツィギーがミニスカートを、
平凡パンチからアンアンへ。この他にも激動とも言える時代でもありました。


一番目のかみさんの時には、
家をでるときには普通の格好で。
駅のコインロッカーに隠してあったミニスカートに着替えて、
街なかに。

地方都市ではこんな状態でした。


親から、 「世間の目があるから」「隣近所にみっともない」言われ続けていたのです。



変わりました。変に変わっても来ました。


生活のルールが、生活の様式が、歪んできたのはこのあたりからかもしれない。


生活空間も、暗い空間から明るい空間に。

暗い土間の生活から、いかにもカルフォルニアのような、明るい生活様式に。


これも、このあたりから定着してきたものです。








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カラーで占いなんですね。ー瞬間的にミニライオンワンコが行く3も。

9-27カラー

豊かになっちゃいました。

物質的には。


街を歩けば、色の氾濫、豊かさなんですねぇ。



一昔前には考えられない光景かもしれない。

その時の自分の状態にあわせて、
ネイルペインティング。
カラーヘヤースタイル。

一昔前には、失恋した時、自分を見切りをつけるのに髪を切ったもんですが、
違うんですねぇ。


嫌だ。

爺さん発想だ。



朝、占いで「今日の貴方の運勢の色は○○○」

やはり、気になるんですよねぇ。女性は。
ウン??最近は男もかナ。

慌てて、ワードローブから引っ張りだしてきたり。(あればね)

う~~~~~ん。大変だ。

「赤」
赤いファッションの効果=自己アピールに最適!冷え性・低血圧に効果的!
赤いインテリアの効果=体感温度を上昇。太陽の当たらない北向きの部屋に!

「黒」
黒のファッション効果=頑固な強い意志。圧倒的な拒絶の意志を示す色。
コーディネートは威厳や尊厳というものを表したい時、
年齢よりも落ち着いて見られたい時などに、
年齢以上の堂々とした雰囲気を醸し出すことができます。
心に何か傷を負っているときにも好まれます。
黒のインテリア効果=生活臭のない洗練された空間を演出。

「白」
白のファッション効果=中立的な立場をアピールしたい時に効果的。
白のインテリア効果=生活臭のない洗練された空間を演出。


フムフム。ですな。


全身黒尽くめは、日活映画で多かったね。古いか。東映映画、これも古いか。
田宮二郎、うん?宍戸錠、ウン?任侠のお兄さん、ウン??

「医師や検査技師のように自分の個性を表に出さず、
中立的な立場で多くの人と接する必要がある場合にも白は効果的な色と言えます。」

そうなんだ。

改めて、感心しまくり。

なんて言いながら、面積なんですよ。


特にインテリアの場合は。ファッションもそうだけど。


全体のバランスを取ることは、

想像力を養わなくてはいけません。


これは、受験詰め込み教育では養うことが出来ない。




**ミニライオンワンコが行く**
今回は、自然遺産の森での瞬間的顔出し。








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三つ指ついて、ペコリ。

三つ指ついて

親しい近所との付き合いを回復するためには、

生活空間、住まいの構造をもう一度考えなおさないといけなくなってきていると思う。

豊かさを間違えてしまったのですから。


昨日は、此処で終わりました。

豊かさとは何でしょう。
大切な物を失くしてしまったとは何でしょう。

少しづつ考えていきたい問題です。


その前に、
9月24日「生きるための学び」を失くしたことが。。。。に、
いつもコメント書いてくれるかふぇにゃんさんの言葉を此処に引用したい。

主婦の目から見た素敵な言葉です。

彼女のアメブロhttp://ameblo.jp/aztecaharonyan/かふぇにゃん、アメブロでもつぶやく。
結構、面白いです。


==かふぇにゃんが小学生の頃は、近所の家の庭に勝手に入り込み、
そこで遊んだり家に上がらせてもらってお菓子もらったり・・・、

今の時代からして見ると考えられないようなことをしていましたw

これもまた「時代は変わった」と言ってしまえばそれで終わっちゃうことなんですが・・・


普段の生活や遊びから学んでいた社会ルールは、
今の時代の子供たちは体験することがもう多分できないんじゃないのかしらね。


情報だけはTVやネットなんかで収集できるけれど、

実体験で学ぶことができなければ

ただの想像だけで身に付くことはほとんどなくなってしまうのではないでしょうか。


「痛い目みないとわからない」という言葉のとおり、

いくら情報を仕入れたとしても実体験が伴わないと

それを身に付けることはなかなか難しいことになってしまうのでしょうね。


NHKの教育番組で「空気を読む」「相手の気持ちを考える」といった内容の番組もあったり・・

相手の気持ちを考えたりすることさえ勉強しなくちゃいけない現代の子供って・・・・




さみしい限りです。==




更に、もうひとつ。

9月23日「ワンコの井戸端会議、おばさんの立ち話」に、
これまた、普段の彼女のブログとは違ってコメントをくれました。

今、飲み過ぎで禁酒とダイエットに取り組んでいるこれまた、引きこまれる言葉の展開で面白い。
Mariaの【笑う門には福来る】http://ameblo.jp/maria416/


==いじめ・・・

実は私、小学生の時に、いじめにあったことがあります。
転校生した先の学校で、転校生に向けてのイジメでした。

なんか、新参者をイジメる風習みたいのがあったみたい。

もちろん、やりあったけど、多勢に無勢で

こっちはボロボロ。
でも、それでもやりあいましたよ(笑)

学校は見て見ぬふりでした。

で、どうやって終わったか?と言うと、

いじめた側の親たちがうちにやって来て、

「本当に申し訳なかった」

と誤ってきたんです。

私、誰にも言ってなかったので、親もビックリ。

向こうの親の方々がどうやって知ったのかも
未だにナゾのままです。


昔はそういうのがあったんですよね。


ただ、今のイジメって、

ネット上でもいじめてきたり、

携帯で文句言ってきたりして、

ほんと逃げ場がないんだって思う。



どーにかしてもらいもんだ( ´(ェ)`) ==




かふぇにゃん。mariaさん、独断で引用させてもらい、ありがとうございます。


三つ指ついて、ペコリ。



女性の目から見た切り口の違う考え方。
色々と学ばなくてはいけないと、
今日も反省です。
反省会ブログでしたね。








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ご近所つきあい、苦手です。

近所付き合い
http://nanapi.jp/20529/



子供は遊びの中で、人との犯してはいけない境界を学び、

悪戯の中で、やってはいけない限界を学び、

他人を気遣うことで、自分を大切にすることを学んでいました。



この気遣いが大切なんです。

かっての日本人の生活には、家と外との間には、
幾つもの境界があり、

曖昧な中間的な場があったのです。

そこでは様々な付き合いの仕方があり、

その時々のつきあいは、

決してその範囲を超えてはいけない礼儀がありました。

日本の生活空間は、あけっぴろげでなんでも見えていました。
そこには、たとえ見えても、見てはならない心理的な境界があったのです。

家と外界との間にはこのように、いくつも中間的な場があったのです。

この場が、子供たちの遊びの場でもあったのです。


これがなくなり、ドア一枚で家と外界にバリヤーを張り巡らせてしまいました。



以前から読者で毎回、いろいろと現在の中国の情報を知らせてくれています
14億に挑む中国ビジネス=http://ameblo.jp/waveshanai01/
江口さんのコメントを少し引用させてもらいます。
(江口さんの了解もなく転記ですが、この場でごめんなさい。後ほど謝りを。)


==日本だけではなく、中国でも同じような話をお聞きします。

30年前は、みなが同じように貧しかった・・・だから、盗まれるものもなかったせいか、

家も開放し、隣人たちが自由に出入りし、食べ物も分け合って食べていたそうです。

ところが、いまは、窓には鉄格子をはめ、

玄関には鉄の扉をつけていないと、

常に盗難にあう危険性があるそうです。

おかげで隣人さえ信用できない社会になっていて、

昔を懐かしむ人が多いそうです。

豊かさがある意味、失うものも多くしているのかもしれませんね。 ==



日本では、鉄の扉(建築基準法に規定された防火扉)になってしまうが、
アルミ製だから似たようなもので、その上、

内開と来てます。

火事になれば、隣近所への延焼は免れるが、自分が……です。

怖いですよ。パニックの時には、この内開は。



親しい近所との付き合いを回復するためには、


生活空間、住まいの構造をもう一度考えなおさないといけなくなってきていると思う。


豊かさを間違えてしまったのですから。






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「生きるための学び」を失くしたことが・・・・・

軒遊び

[「向こう三軒両隣」懐かしい言葉になりました。

昔は近隣社会が、道を挟んで出来ていましたので、

その道は自由に遊ぶことの出来る子供の天国であり、

かみさんたちが立ち話をしたりするコミュニティーの広場でもありました。


家と道との間には、塀や垣根があっても、目隠し程度で、

自由に出入りできるものが多かったのですが、

どんな親しい人でも、必要のない限り庭には入ることはなかったのです。


散歩の途中、この所公園で遊ぶ子供たちの姿が見えない。

聞けば、サッカーボウル遊びの時に土埃が舞うのが当然であるが、

公園に面した人から文句が出たそうである。

いわく、「洗濯物に砂がつく」

更に、公園に面した場所は駐車違反であるのに、

車を止めて、窓ガラスに野球ボウルが当たったと文句が出たらしい。

運悪くベンツであった。


そういえば、最近東屋で子供たちがカード遊びをしてるのを見る機会が多い。


子供の遊びには、口遊び、縁遊び、軒遊び辻遊びがありました。


縁側がなくなり縁遊びもなく、

辻遊びも出来なくなって、



子供は遊びの中で、人との犯してはいけない境界を学び、


悪戯の中で、やってはいけない限界を学び、


他人を気遣うことで、自分を大切にすることを学んでいました。



かっての日本の開放的なすまいには、

玄関、勝手口、縁側の少なくとも三つの出入口がありました。


現在のアパート・マンションのみならず、戸建住居も、かって存在した幾つもの中間的な場も、

一つに凝縮されてしまったのです。



ドアには、ブザー、インターホン、覗き窓、何箇所もの鍵、ドアチェーンの装置をつけています。
機能的にはそれで用が足せますが、かってのような様々な付き合いが失われました。




生きるための学びを失くしたことが、


きっと、現在のいろいろの、いじめを始め、原点ではないのでしょうか。




まして、

最近「中国の一人っ子政策」の歪が言われ始めても来ました。






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ワンコの井戸端会議、おばさんとの立ち話。

ワンコの井戸端会議

茶の間を失くして、
家庭の親から、おじいさん、おばあさんから学ぶ、

学校では、人生の生き様を学ぶ。

それが、なんとなく失くしてしまったのではないか。



今日もミニライオンワンコ龍太と散歩の途中、

反対側の歩道からでっかい白いワンコを連れて、道路を渡って、

おばさん2人が話しかけてきた。

かなり以前に話したことがあるおばさんだ。



今日のニュースから始まり、

政治家のバカモンメや。中国のことや。韓国のことや。



やがて、いじめの問題に。


おばさんの息子が、数人に虐められ続けて、

臭い物には蓋をする、面倒な事には関わりたくない学校なんて頼れないから、

嫌だったが、いじめた数人の近所の親たちと話をつけた事。

(昔から、依然と何も変わっていないんですね。
 
 教師の自己保身は。まあ、国全体がそうなんだからとおばさん)


おばさんの小学校の先生に社会の時間にとにかく共産主義が一番良いと教えられた事。

教える前に、まず人間なんだから、実社会で経験を積んでからにしてほしい。



ウン、ウン頷きながら、

結構、皆も同様に考えてる感じ。

此処にかけないことも沢山。

最近の立ち話、井戸端会議は、かなり高度??になってきたものである。



特別付録

ワンコ匂い嗅ぎ周り早足の散歩。











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ドラ息子教授に、学ぶ??

ムカデ

今も、右手の痒さに我慢しながら。

仲の良い整形外科医から面白いメールが来ました。


==お聞きしてもいいですか?どうしてムカデが家にいるのでしょうか?

まさか飼ってる訳ではなさそうですし…私の聞き違いなら申し訳ありませんが、

家の中でムカデに噛まれたのですよね?
==



まさか飼っているなんて。う~んん。難しい。今住んでる所はいるのです。

近所の奥さんが朝、目が覚めたらでっかいのが布団の上にいたそうです。

昨年はでっかいのが5,6匹くらい処理

(最近嫌ですね。普通の言葉を使わせてくれない。言葉がし…)しましたが。

でも、初めて聞きました。家で飼っているなんて。面白い。(ガハハハです)

ゴキブリほとんどいなくてムカデがなんです。



35歳でいつも凛として診療してるのが、そうなんですね。
この発想。うん、うんと頷きながら、なんとしよう。



この総合的な想像力。

これが、教えられていない、

いや、
教えることの能力がない現在の状況。


と書きましたが、専門の分野が違うと色々と面白いことが分かります。



思い出すのが、私の大学の指導教授。(指導教官?)

地方の大地主で土地の名士のドラ息子です。

東京芸大に、毎日、吉原遊郭から人力車で通ったとか、
隣の動物園の塀を乗り越えてがちょうを捕まえて食べてしまったとか。

多分、あのドラ息子の感覚では、本当の話だと思う。

シベリア抑留者で、過酷な時を生き延びたくらいで、体はでっかった。



講義の一番最初に

 「私は、デザインは知らないから、昼の食事時間に食べながら色々と話す。
 その中で、何か心に響く言葉があればよい。」
 



こうなんですから、お昼になると、お金を出し合い、全員であみだくじで買い出し役を選ぶ。
坂の上の校舎から下の商店まで、パン。野菜。惣菜。時々ワインを。

シッチャカメッチャカ、どんちゃん食事。
終われば、「おい、タ○○、お前の方がよく知ってるから講義しな」

です。


指しとガラス棒の講義から始めるなんて、凄いもんだよ。私。代行教授。


昔は、こんなことが許されたんです。


ある教授は、もう何十年も見るからに古びたノートを取り出して講義。
どうも、自分が学生の時に、
必死に書き留めてたノートらしい。

これで、禄を食んでるから凄い。つまらない講義ではあるが。


それに比べて、

何も講義らしい講義もなく、テクニックも教えてくれなかったが、

今でも、時々思い出す。


いい加減そうでも、幼児教育の指導は、凄かったらしい。
他人事みたいだが、現場を見ていないので知らない。



茶の間を失くして、

家庭の親から、おじいさん、おばあさんから学ぶ、


学校では、人生の生き様を学ぶ。


それが、なんとなく失くしてしまったのではないか。







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ムカデに刺され、右手痒くてもどかしんです。

カムイ伝表紙

ミニライオンワンコと今日も散歩。
中学生が賑やかにふざけながら三々五々家に帰る。

昼間も未だ暑さが残る。
女子中学生は、何人も肩にタオルを。

これが面白い。
お化粧(此処ではあくまでもメイクではない)の時のようにタオルを広げてタオルをかけている。

高校生は、タオルを畳んで片手に持ち汗を拭いていく。

これが40代以降になると無造作に首にかけている。


なんとなく、女性の何かが見えるようである。


屈託のない女子中学生を見ていると、
この先どのようになっていくのだろうか。

今、学んでいることがどうなるのだろうか。と、ふといつも考える。

歴史の年号なんてなんになるの。
方程式、図形の証明問題が何になるの。

算数は算数、国語は国語、社会は社会、理科は理科、全て縦割りで教えられて。


私は、白土三平「カムイ伝」で

権力とか、エタ・ヒニンを学んだ。


カムイ伝



学ぶことは、縦割りでなく横割りで行くのが一番大切なことではないか。




私の時代には、「集合」の時間がなかった。

1971年4月から、小学校算数の授業に組み入れられた。

これが一番大切に思うのです。



仕事柄、「PERT]Program Evaluation and Review Technique が必要です。

アメリカ海軍原子力潜水艦ポラリスの開発のために編み出された技法です。



一つの仕事を工事の手順・時間によって幾つかの部分集合にまとめて、
どの部分集合を、いつ、どのような順序でやるのか決定していくこと。
時間と手順の部分集合を作ることです。

そして、大切な、逆算の方法です。



人間は、図で表現すると理解が早い。

この図で表現するのには、あらゆる面から考えていく総合的想像の力がいるのです。



この総合的な想像力。


これが、教えられていない、


いや、


教えることの能力がない現在の状況。




インテリアお話のはずが、いつの間にか

こんな話に。


もどかしいもんです。


昨夜、今年はじめて小さなムカデに刺されて、
右手が腫れて、痒いから、
こちらももどかしい。






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「昭和のジイさん、ほざいてれば。」・・・・・・

自衛隊入隊http://www.hokkaidohotel.co.jp/


大学卒業と同時に、教師のインターン軍隊訓練2年を実施する。

これが手始め。最終はすべての若者に。



前回、書きましたが、やはり、やはり危惧はなく。(泣)




やはり、自衛隊入隊は無理か。



廊下で水満タンのバケツ両手に持って時間中立たされたこともなく、

棒きれで、ゴツン叩かれたこともなく、

ドアに挟んだ黒板消しイタズラにお返しで黒板消しで頭叩かれることもなく、


こっそり机の下で隠れてピコピコするのが精一杯か。


社会ルールに反して悪いことをすれば、

体罰は当然である。教育では。


子供に体罰を与えることは、
与える方も凄く大変な精神的な負担を負うことなのだ。


自分にポリシーがなければできないことなんです。
悪いことは悪いこと。
体罰を与えても、子供は納得するし、思いやりを学ぶのだ。


1960年代は、まだ教える教師の気構えがあった。

真剣に向きあってくれたものである、



いつからなのか、

家庭の座の喪失から居住空間のインテリアが取り澄ました上辺になり、

自信を失くした親たちの顔色伺いながら、

文部省に媚びへつらい、顔色伺いながら、の教育なんて。



親が自信なくし子どもとお友達がいいと言い、

教育も投げやりの自信なくし、子どもとお友達がいいと言い、



杉田二郎の「戦争を知らない子供たち


     の戦争を知らないカラスの勝手子供たち。








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言い過ぎですが、言いたい!

先生
この所、何度も「家庭の座」の崩壊を書いてきました。

では、もう一方の教育の場」を触れないわけにはいけない。


この所珍しくニュースを見ています。


相変わらずですが、特に「教育」関係が気になる。

機械文明が進み、ネット化が普通の生活になり、

フリーエージェント時代が叫ばれているのに、

今なお旧態依然のマニュアルに縛られ、

操り人形教育。ロボット製造教育

「鉄腕アトム」「ターミネーター」幾多の映像にダブル。




国立教育大学で学んだ時、
当然教育実習が、2年に渡り2回あります。

1回目。教育大学付属に実習でした。

指導教官の家に招待され訪問した時にまず驚いたのが、
玄関脇の1室が、大量の贈り物に埋められていたのに驚く。
これはこれですね。

次に、話のなかで、
教師のカンニング本の存在を知ったこと。

文部省
(現在でもこの言葉に固執する。文部科学省と名称が変われど旧態依然組織であるから)

からの指導要綱カンニング本が、教師の意志を放棄させていた。

マニュアルに従い、不況にも影響されず、自分を高めることなく、

ただ時間を浪費してる教育という名の教師。




当時、アルバイトでNHKニューステロップのバイトで、情報の操作実態を目にし、

ついで、教師のマニュアル化を目にして、

その後の私の生き方を変えさせた。



言うべきでないが、以前から心の中にくすぶっていた事を、

この際吐き出す。



大学卒業と同時に、教師のインターン軍隊訓練2年を実施する。



これが手始め。最終はすべての若者に。



戦後の悲惨な時代を見てきてる。あれを望むのではなく、

人間形成としての訓練である。







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料理と運転は、親・兄弟に習うな。

駒場祭
Copyright (c) hashimoto, osamu. All rights reserved.
写真撮影 町田仁志




実体験がないのです。

おじいさん、おばあさんからの風土の味を知っている私たちはまだ良いが、

子供たちに伝えるべき味を

親が、新しく自分たちの家族の味を。



なんて書いてきましたが、

若い女性に聞いたら、やはり無理みたいです。


「だって、ゴチャゴチャうるさいんだもん。」

「ああだ、こうだ、あんまりうるさいから、勝手に作れババアで、終わり」



そんな感じだよね。母親と娘は。
何となく分かる。同性の親子の関係が。



私も、車の運転が、隣で兄弟があれこれうるさい時がある。


「割りこませてやるな。前に詰めな!」

「もっとスピード出せ。車間開きすぎ!」


ですもの。これ上の姉。



親から子へ。簡単みたいで、複雑。特に同性同士は。

仕事で知ってる大工(でーく)でも、

弟子よりも辛く息子に当たる場面が何度も見たから。

二言目には、「馬鹿か・ゴツン」


子供は親の背中を見て育つというが、従順か。反発か。しかない。


やはり、互い違いのおばあさん・おじいさんから教わるのが良いのか。




「とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く」
東京大学駒場祭のポスターの橋本治を思い出す。

1960年代はこんなかんじかも。


イラストレーターから小説家になったのは知ってるが、小説は読んだことがない。







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*ご近所番外編*「敬老の日」なんですねぇ。

 
銀杏の木1-1
 
「洗濯なんて洗濯機のスイッチ押すだけです。簡単です。」

「今みたいに洗濯機もない時代だったんだよ。」


「そうか、昔は川で洗濯してたんだ」



よく、一昔前と簡単に言葉が出るが、

今この時点平成24年から考えてみると、


何時なんだろう。

平成14年?

平成元年?


昭和は、現代古代後期?・・・・・・こんな言葉はないか。



一応、敬老の日の今日。

Wikipediaには、

敬老の日は、国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条によれば、
「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としている。

敬老の日を第3月曜日に移すにあたって、高齢者団体から反発が相次いだため、
2001年(平成13年)に老人福祉法第5条を改正して9月15日を老人の日、同日より1週間を老人週間とした。


よく理解できないが(アタマ悪いねェ。私)
カレンダーは、「敬老の日」だ。



今日、ミニライオンチワワ龍太と散歩途中、

時々会って話す、人のよさそうな人生の達人おじいさんが

(数年前に妻がかわいがっていた犬を残し亡くなり、
 犬はあまり好きではないけど、妻の形見だから、と、
 今は一人とデブチンダックスフンドと年金暮らし。
 息子は医師であるが、時々数時間顔を見せるそうだ)

銀杏の木の下で、上を眺めて微動だにしない。

私も、隣で同じように上を見た。

銀杏の木2-2


「今年は、銀杏が豊作だ。」

「沢山、実をつけてるね。まだ若い木なのに。」

「うん。強い風が吹かなければ良いけど。」

「朝早くに、拾いに来るの。」

「いやぁ~。近所のおばさんが綺麗に取ってくから。」



二人して、

上を向いて、此処で話が終わり、
かなり小ぶりの黄色い実を眺めて、


ぼ~~~。


これが「敬老の日」なんですネ。

わんこ1

わんこ2








宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

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「痩せて洗濯板だよ」????なに、それ??

洗濯板
都市に移動してもやはり忘れられないのが、
味覚に残された記憶です。

おじいさん、おばあさんからの風土の味を知っている私たちはまだ良いが、

子供たちに伝えるべき味を、

夫婦で新しい家庭の味を作らなくてはいけないのに、

インスタントに、

全国どこでも同じ家庭の味になるのではないか。



風土からの生活が基本の生活の場、
リビングルームのレイアウトもかなり均一になってきている。



以前、講義で生活空間の話しをした。

少し長いが昭和10年「新時代の住宅設備」増山新平著(巧人社)の一節を引用。

=臺所の洗ひ場は關東では流しと言ひ、
 關西では走りと言ってゐる。東京地方では臺所の床の一部を一段下げて、
 床張りやコンクリート造りの洗ひ場を作って、かがんで食料食器を洗ってゐる。
 大阪地方では木製臺付の立流しを造って立って仕事をしてゐる。
 その構造は共に不完全であって、水沫は飛散し、器物は洗ひにくく、
 臺所の仕事のみじめさを見せてゐる。=

不便で不衛生な臺所。流し場。

戦後20年後半から、30年代にかけて
一連の(民主主義革命????)

家父長的家族制度の解体。

男女平等確立され始めたこと。

国民の社会的地位が高まったこと。で、


これを一気に改善したのが、
すでに話している、住宅公団のステンレス流し、ダイニングキッチンになっていく。


 ここからが大変。 


主婦の家事労働軽減化の話のなかで、

台所作業と洗濯がやはり一番大変だった。


 「洗濯なんて洗濯機のスイッチ押すだけです。簡単です。」


「今みたいに洗濯機もない時代だったんだよ。」


「そうか、昔は川で洗濯してたんだ」


絶句。絶句。唖然、呆然自失。
 


今日散歩の途中、公園で遊ぶいつもの顔見知りの子供たちに、

同じように聞いてみた。

「洗濯機なければ、川で棒で叩いて洗うんだ。
 お母さんの見てる韓ドラでいつも見るよ。」


そうなんです。実体験がないのです。

洗濯機と川の間が、想像できないのだ。



「こんな形の洗濯板で洗うんだ。」

地面に木の切れっ端で図を描いても、無理だ。


「最近、痩せて洗濯板だよ。」
こんな会話も通じない。

枯れ木に話しかけられる時代になったのかも。

家族のあり方、伝統の伝え方。

誰が考えるんだろう。








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おじいさん、おばあさんの伝承の味って。

桃太郎
伝統文化というのは、

親から子へ直線で繋がるのではなく
互い違いに、

祖父、祖母から孫へ繋がるものかもしれません。


昨日は、此処で話を切りましたが、
考えていれば1960年代からの
都市への移動が大きな影を落としていると思う。

東北からの入り口、上野駅。
悲喜こもごも、
歌謡曲のメインテーマでもある。
好きな「津軽海峡冬景色」は、上野駅が旅たちでもあります。

九州からは大阪が途中下車、大阪からは名古屋が途中下車。
西からの入り口が東京駅。


都市に人が移動して、大家族の伝承が失われ、


今、殆どの人が「郷土の味・家庭の味」味覚に留めている。


都市に移動してもやはり忘れられないのが、味覚に残された記憶です。



夫婦でも、お互いに違う風土・環境で育ってきているので、
味のぎこちなさは、否めない。

最初の結婚した時の最初のお正月、
お雑煮に、腰抜かれた。

愛知の人であつたので、見た途端ギョェーーー。

これお雑煮。新婚生活??カルチャーショック死。
尾を引きましたね。


事程左様に、味については人間の行動そのものに影響を与える。


おじいさん、おばあさん、父親、母親、そして子供
その家庭での積み上げられた味があったのですが、

おじいさん、おばあさんカラの伝承を殆ど無くした今、

主人、主婦が新しい家庭の味を組み立てなくてはいけないのに、

その動きがないと思う。


おじいさん、おばあさんからの風土の味を知っている私たちはまだ良いが、

子供たちに伝えるべき味がないのが、

すごく怖い。 



「食育」の大切さが身に染みているはず、

いつも面白いのが、いがみ合う頑固に風土を守る大阪とごった煮の東京。


同じ日本の狭い国土でありながら、まるで異民族のよう。

大阪おばちゃん・東京おばさんでも少し触れたが。


それがどうだ。

積み重ねられた風土の重みがあるはずが、

何時の頃からか、

リビングルームは日当たりの良い南側でなくてはいけない。


アパート、マンションの公共廊下は北側に作られます。
日当たりの良い南側のリビングルームは、入り口から、一番奥になります。

そうなると、キッチンは入口に近い所に。

人を招く。

家族と社会との付き合いです。

人を招くことによって、初めて家族内の結合も強くなるのですが、


おじいさん、おばあさんとの関係が希薄になり、


夫婦の味が作れなくなり、


その上、家族全員でお客の接待をほとんどしなくなった。
 


どのように考えるのか。







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家族の哲学とほざく前に、もう一度・・・・

薬師寺再建
昨日は、大上段に構えて、
夫の哲学、主婦の哲学、家族の哲学なんてほざいてしまいました。

西田幾多郎だ、安岡正篤だ、ソクラテスだ、プラトンだ、カントだ、ヘーゲルだ
なんて頭が、いくらなんでも狂いだす。


気になって、「教えてGOO!」に。

ひどいのがあった。

=これだけはいっておくが、ボンボンのお遊びで本当の哲学はできない。
女子と小人は養いがたしと故事にいっています。=


人が、教えを請うているのに、この返答。

礼を知らないどころでない。


これが、間違えて我欲の塊個人主義と同じだ。

こんな輩に話す言葉すらない。


3連休だし、台風が来るし、時間があれば、
鈴木大拙、中村天風の本を読む時間を作るべきである。


何も難しいことではない。
しんみりと夫婦が話すのは、何も離婚話の時だけではない。

家族のこと。子供のこと。

たまには、目を見て話すことも。



私は、男の子どもと、しもた屋で酒のんで、
夕陽に向かい、おしっこの飛ばしッコが夢であった。

「どうだ、俺のほうが距離があるだろう」なんて、やりたかった。


小さい時に父をなくし、母の手で育てられ、おじいさんもおばあさんもいなかった。
大きく、心の重荷になっている。

いざ、自分の子供が生まれた時には、
どのように向き合うのが良いのか。毎日戸惑っていた。


私の尊敬する宮大工。
法隆寺の解体修理、薬師寺再建した、西岡常一さん。
西岡常一さんは、本当に凄いと言わざるをえないが、

棟梁の父、西岡楢光氏に当然仕込まれたと思っていたが、

父の棟梁からものを覚えなくてはいけない頃、

父西岡楢光は、自分の腕を磨くのに死に物狂いで、
同じ事を3回聞いたら殴られる。


この心境はよく理解できます。
盗むべきであると。「この馬鹿野郎!」ゴッツン。です。

法隆寺の棟梁の家柄ですので、祖父西岡常吉氏が、
「こいつはどうやら一人前になりそうだ」と気長に仕込んでくれた。

西岡常一氏は、
「オヤジにモノを教わったら、わしは大工にならなかったと思う。」


子供が育ち盛りの頃、
オヤジは家族の生活を支えるのに必死です。
それを補ってくれたのが、おじいさん、おばあさんなんです。


伝統文化というのは、

親から子へ直線で繋がるのではなく、

祖父、祖母から孫へ繋がるものかもしれません。 



これも、喪失しています。


今、もう一度、見なおすことが出来れば。

父の味、おじいさん、おばあさんの味を知らない重荷になってる私。







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モンローチェア=家族の哲学・・・結びつくのか。無理か。

おまけ・・オ・マ・ケ。こんなオフィスが人がいきいきして
業績が伸びるんだ。




昨日は、激しいデザインソファから、
突然、思い出の話になりました。

親鸞が仏門に入る時、
「明日ありと 思うこころのあだ桜
          夜半に嵐の 吹かぬものかは」

噛み締めなくてはいけない言葉です。


デザイナー*studio65「BOCCA SOFA」
我名=モンローチェア=

コメントで、やはり女性なんでしょうか。
ー唇だとセクシーというよりも
食べられそうでこわいです・・・ー

そう、私も多分、座れば居心地が悪いのかも。

妄想モヤモヤモンやモンや・・・

変なHビデオを思い出したりして。



でも、与えるインパクトは凄いです。
デザイン哲学が確りとしています。


そう、この哲学という言葉、
家族の哲学を見失った現代です。

人生の哲学を考える前に、

物理的・極めて短絡的な物質的欲求を優先させすぎてしまった。

その結果、

人生哲学があって経営哲学があるのに、
経営哲学がひとり歩きし、

個人主義と同じように我欲の塊のごとく間違えた解釈をする。


永昌寺境内


「無事とは、
 坐って半畳 寝て一畳
 要らぬ荷物は
 捨てることなり」

これは、馬籠宿・永昌寺境内の庭にかけられていた。

この言葉を意外と物質的に考える人が多いいが、

                  こころの問題です。


自分のイスを、無理しても作りなさい。
と、口を酸っぱくして書くのは、


自分の哲学を考えて欲しいからです。


夫の哲学主婦の哲学。そして、家族の哲学








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これで、Google Officeに・・・・・・

モンローチェア
成れるわけないよナ。

「7年目の浮気チェア」「モンローチェア
と私は呼んでいるこのソファ。

日本のオフィスにこんなのを置くだけの勇気があるわけがない。

その勇気があれば、きっとGoogleオフイスのように活気が出て、
業績もウンとうなぎ上りだ。

無茶苦茶、馬鹿にしてます。フン。であります。 


イタリアHeller社・デザイナー*studio65「BOCCA SOFA」

実はこの椅子には座ったことがないが、
(多分あまりすわり心地は良くないかもしれない)

もう一つとっておきのもの・・・・真っ赤で豊満なソファ。
この唇のイメージをボインの女性を置き換えて欲しい。

私は「ボインチェア」「ボインちゃん」と呼んでいた。

家具屋のリニューアルの時に、職人こき使いながら、
私は、この「ボインチェア」でしばしうたた寝をしていた。

まるで豊満な女性に包まれるような、うっとりして。

写真見つからないので、どこかに積み上がっているのを探しておきます。



このようなイメージは、日本のデザイナーも、持っているのです。
クリエイティブのあるデザイナーなら。



自分の可能性のある創造的な作品を、妥協のない作品を。

人に、側でいつもいてくれる温かい作品を。



残念ですが、ここまでではなくても、

木工家具デザイナーでさえ、一部のマニアックの人を除いて、

認める人が少ない。


私の悲しい思い出です。


これからも伸び続けていくすごく才能のある2人の木工家具デザイナーを亡くしました。

家具店のプロデュースもしていた店で、
2人共に頼まれ、一人ひとり年数が違いますが、中階40坪の売り場で
展示即売会を開いて上げたのです。


2人と私の因果の関係。

2人とも亡くなる前の6ヶ月前に、私のプロデュースで家具展示即売を開いた。

2人とも亡くなる前の1ヶ月前に、私の仕事場に現れ、コーヒーを飲みながら、
自分のデザインの考え方を話し合った。


そして、一人は、雪のしんしんと降る夜。
1メートルを超える雪の中、
遠く木工場が見える畑で、一人ウイスキーを飲んで朝を迎えることがなかった。

もう一人も、ほぼ同じように。

人は、あまりにも衝撃を受けると涙さえ出ないものだと気がついた。

私は、葬儀には出なかった。
同じ時間に、いつも行くお寺の本堂で一人で、自分なりに送りました。


今も引きずりながら、自問自答。千思万考。








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「ゴッホのイス」「ゴーギャンのイス」「自分の椅子」

普通の人の日常生活の使われるようになったのは、
ルネッサンス期(人間復興)からと言われています。

イスは権威の現れでもあります。


この個人の尊厳を守っていた自分の椅子を持たない主人、主婦が、

すべての狂いを引き起こしていると思う。


極論を言えば、

家庭内暴力、

引きこもり、

現代的いじめ(過去からあったのとは観点が違うと思う)



イスを通しての部屋は、その人そのものです。




此処に、「ゴッホのイス
昼光のもとに置かれたゴッホのイスは、黄色い木と藁とでできた
素朴なイス。
椅子の上にはパイプと刻み煙草が。
ゴッホのイス


もう一枚は「ゴーギャンのイス
赤と緑、夜の闇に置かれたゴーギャンのイスは、
肘掛け椅子。
椅子の上には、二冊の小説本とろうそくが。
ゴーギャンのイス


パリの生活に疲れたゴッホは、ロートレックの勧めで南フランスのアルルに移住。
理想主義者、夢想家のゴッホの呼びかけで、
絵が売れずに生活に困っていたゴーギャンが応じたのです。

この二点を見てみると、
ゴッホのイスの後ろの片隅にタマネギの植えられた箱が置かれています。

ラスバイユ著「健康年鑑」(これは「静物」の画面に登場します)この本に書かれていた
ゴッホが悩まされていた神経症に玉ねぎがよくきくのに学んだと思う。

そして、愛用のパイプと煙草がそこに置かれていたのは昼間もそこにいた事になります。


一方のゴーギャンのイスは、夜のもので、座る場所に、火をつけた燭台が置かれています。
ゴーギャンは、すでに夜遅くまで家に帰ってこなくなっていたでしょうし、
ゴッホは、近く別れなければならなくなるという予感があったのだと思う。

事実、このあとご存知の「耳切事件」が起きている。

ここでは、夫々の個人を象徴しているし、
椅子が置かれていることは、夫々の個人がその家の一員であることを示しています。



住まいの空間は洋風化??してはいますが、

その生活が本当に馴染んだものになっていないと思う。



これは、家族それぞれ、自分の椅子と呼べるものを持っていないからではないか。


椅子を持つことによって、

その家を、それぞれ自分個人のものと考えるし、

家族生活の新しい秩序を作り出す最初の一歩になるのではないか。








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再び、男たちよ!「主人の座」にこだわれ

マッキントッシュ


妥協なき頑固さで、自分の椅子を探してほしい。

それが、「主人の座」を取り戻す一歩である。


と、書きました。

ーーー女にも椅子がいるんだぜいーーーと
コメントが来ました。

カカザは、がっつりと*女は太陽だ*ですので、まずは惨めな惨めな男の座から。
男は、妻からも子供からも無視され、ヨコザを家庭生活から喪失して、

では、オフイスではどうだ。


お仕着せのオフイス家具で地位に応じてなんとなくの椅子を与えられ、
9月8日に書いたのですが
ー子供は、成長の過程で「私のお箸」「私の茶碗」「私の枕」などで確認していたのです。ー

これと同じように、自分の湯のみ茶碗持ち込んでいるのです。
お仕着せだから身につかずの不安解消のために自分の湯のみ茶碗で。


惨めです。

いっそのこと、茶道具を持込、部下をムチでシバキながら、
ゆったりとお点前を。

それが終われば、「そろそろボチボチ仕事にとっかかるか。」
この余裕があればね。会社の不安なく安泰ですよ。


会社でも落ち着かず、家庭に帰っても居場所なく、此処で、頑張るべきだ。

でも、頑張るべきだと言われても、「ふ~~ん。馬鹿か」で反応はないけどネ。


もともと椅子というものは、高い地位を象徴するものでした。

エジプトの彫刻・レリーフを見ても、王や王妃に限られている。

簡単な腰掛けのようなものは、確かにどの民族も持ってはいますが、
背の付けられているようなものは、高位高官のものです。

これが現在でも、「大臣の椅子」「重役の椅子」と言われるのです。


普通の人の日常生活の使われるようになったのは、

ルネッサンス期(人間復興)からと言われています。


中世の壁画を見ると、
キリストが椅子に座っています。


う~~ん。わからない。


とにかく、ルネッサンス期から、徐々にそれぞれ個人のものになりました。

椅子を通しての部屋は、その人のものになります。


玄関が広ければ、権威付けの衝立も飾り物もやめて、

 マッキントッシュの「ヒルハウス」チェアをおいてごらん。 

元々は、寝室用にデザインされたものですが。


日本建築の影響を受けてると思うので、
日本空間に合わないはずがない。
この、凛とした背もたれ。


凛とした気持ちになれると思うよ。










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男よ、「主人の座」椅子を。頑固に選べ。

ジオ・ポンティ

 「自分の椅子を。」これが、自分を確立するためにも大切なことです。

特に、男の人に考えてほしい。

今、日本で一番居場所がないのが男です。


陽が落ちるのが早くなり始め、ワンコと散歩の時にも、
相変わらず、ギョッとすることがあります。

ベランダホタルでなく、
薄暗がりの玄関木陰ホタルに結構会います。
定年後でも、もう少しシャッキっとしてもよさそうなんだが。

多分会社では必死に働き、ふんぞり返っていたであろうと思うが、
定年ですっかりと精気もなく、玄関木陰ホタルです。

ひとえに「主人の座」が失くなってしまったのが原因です。

自分の椅子が、自分の好きな椅子を無理をしても買うべきです。

今、これを書いているデスクの椅子は、
少しくたぶれてきているけれど30年以上の我友です。

Wilkhahnウィルクハーン。日本の展示会を終えた後本国に送る輸送費よりもと、
譲り受けたすごくお気に入りの椅子です。

デスクの前には、チャールズ・イームズも好きです。エミリオ・アンバースの良いです。
ゆったりとしたければ、家庭用とオフイス用の間の子みたいなチャールズ・ボロックの椅子なんてものも。

大きなテーブルには、
数えげたらきりがない。
ジオ・ポンティの椅子なんか憧れもある。
これはとにかく軽い。人差し指1本で持ち上げたことがある。柳に似た弾力性のあるトネリコの木地。
足の断面が三角形の微妙な線を出している。

マリオ・ベリーニ、ハンスウェグナーのザ、チェアー、ウイッシュボーンチェアー、トーネットの曲げ木椅子、
天童木工の椅子。


好きな椅子は沢山ありすぎるけれども、
自分に合う椅子はとにかく難しい。


特に、外国のは足が高すぎる。日本の家庭では靴を脱ぐのでこれがネックである。


椅子のデザイナーは足を切るのを極端に嫌う。
西欧デザイナーは、がんこその者である。

ホテルの仕事でイタリーのデザイナーとさんざんやりあったことがある。
とにかくバランスが崩れるの一点張り、私も理解できるが難しい。


もう一つ、コーディネーターの意見も、建築家の意見も聞くべきではない。

たとえ、参考意見でも。



なぜか、書籍の知識で来るのだから。
自分の体で試して体に相談していないから。


その人の生まれ育ちの体験にもよって違ってくる。
たぶん、ピッタリという椅子は未来永劫生まれないかもしれないが、


だけど、妥協なき頑固さで、自分の椅子を探してほしい。

それが、「主人の座」を取り戻す一歩である。






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大きなテーブルがあるといい。お父さんの椅子。お母さんの椅子。

トリップトラップ

大きなテーブルがあるといい。
と、書きました。

今、家庭の中で一番必要なものと思うのです。
ただ、なんとなくTVに向かい同じ方向を見るソファは必要なのかしら。

日本の場合、応接セットとして、ソファ、椅子、テーブルの3点が、
いつの間にか、居間の定番(3点セット)として収まってしまった。

いりません。

私の家では、ソファが物置状態。
バスタオルとか雑誌とか時には何でも、一応きちんと畳んではいますけれども。

少し大きい文字最初に大きなテーブル

余裕があればその後からソファでも。



昔良く好きで通った店があります。
もう20年近く訪れてはいませんけれど、気になって調べたらまだありました。

日本で初めての出店を、名古屋市の隣近くに「オールドスパゲッティファクトリー」
もう何年になるのか知らないけれども未だ日本では5店舗みたいです。


此処が好きなのは、1969年オレゴン州で初めて出店。
オーナーの奥さんがインテリア好きで、
イギリスのオークションで色々と仕入れてきています。

ですので、テーブルがそれぞれ。椅子は1脚1脚違う。ペンダントもまた違う。

ところが、実に気持ちよく空間で生きている。



この空間が好きもあるし、スパゲッティが出てくるまでにお代り自由の温かいパンが良い。
何度も、お代わりして、スパゲッティが出てくる頃には気持よく少し満腹。


私は、お気に入りの贔屓の店ではきちんと座る場所が決まっています。
というか、
勝手に自分で気に入る場所を決めて従業員にも納得させている。

店舗の場合は椅子もテーブルも同じで変わらないので、
景色が良い所とか、店全体が見えるところとか、厨房が見える場所とか、
それぞれの店によって自分のいごこちの良い所を決めている。



昔は、ヨコザ(主人の座)カカザ(主婦の座)

これはきちんと守られて、勝手に座ってはいけない。



そして、子供は、成長の過程で「私のお箸」「私の茶碗」「私の枕」などで確認していたのです。



お父さんの椅子。お母さん椅子。僕の椅子。

そして、私の子供にも与えたスエーデン製TRIPP TRAPP。これが良い。姿勢と自立します。

年齢に応じて感覚が違ってきますが、その時その時に自分の椅子を。


その家を、それぞれ個人のものにするとともに、

家族生活の新しい秩序を作り出すことが出来ると思う。



まず、お父さんの椅子お母さんの椅子を。

家族を確立するためにも。





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じゃりン子チエの子と子ども部屋はいらない。

9-7じゃりン子チエ

今日もじゃりン子チエの子と散歩の時にあった。

いつものそろばん塾の子と他に3人の子分らしきを引き連れて、
公園で遊んでいた。

「勉強しないと怒られるよ」
「後からでいいよ。お母さんが夕飯作るときにテーブルでするんだ。」
「自分の部屋でしないの」
「子ども部屋は寝るときだけ」
「そうなんだ。」
「うん」

話している間、ワンコは幸せそうに公園の水飲み場で蛇口から水飲んで。
子分たちがきちんと面倒を見てくれる。


最近、ダイニングテーブルで勉強したり本を読んだりする家庭も増えている。

すごく良い傾向です。

出来れば、日本の押し付けの3点セットをやめて、大きなテーブルがあるといい。

主婦が洗濯物整理・アイロンがけをしたり、
主人が本読んだり趣味のことをしたり、仕事をしたり、
その側で、子供が勉強する。

考現学・生活学の今和次郎氏が「子ども部屋無用論」を唱えていました。
少なくても、高校生までは個室は要らない。


日本人の生活では、気配に気遣い、お互いに犯すことはしない決まりがありました。
それが、障子であり、ふすまでした。


一部屋で家族が集まりながら、子供は個人のテリトリーを学んで行くのです。

自分を大切にしながら、他の人に気遣う心。


親たちは平行の視線を守りたいのでTVをと望んでも、多少我慢しなくてはいけない。
子供は、父親が仕事をしていると、学校の話題についていくためのTVを見たくても我慢する。


家族はこれではないかと思う。


以前、何かの拍子に2ちゃんを見てしまった。
驚くことに、中学生が赤裸々に体験を話しているではないか。

自分の子供部屋で。

ドアに鍵をかけて。

インターネットが簡単になり、
自分の鍵のかけることの出来る子ども部屋で、

よなよな飲み物持ち込み、いいのかねえ。

親は子供を尊重してると言いたいのであろうが。


伝統的な生活様式を、間違った個人主義に走ってしまった。

私の子供は、学校で、「自分の部屋もないのか」と、いじめられてきた。
些細な事で、いじめることによって、人を見下す、快感を覚える。
家庭の間違った方向であり、学校教育の萎縮して媚びへつらう間違った方向でもある。



家族の教育を見直すべきである。


少なくとも、子供部屋には、鍵はいらない。


子ども部屋には、鍵をつけるな。







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じゃりン子チエの子と道元

道元

「心のシャッターを押して、心の引き出しに」と、
書きました。

昭和58年頃、 「ながら族」の言葉が出てきました。

時は、珍し若者の行動として取り上げられ、次第に浸透して行きました。

もう、この言葉を使う人はいないと思う。
何かよそ事をしながらでないと集中できない人を言います。

猫も杓子も当然の行動になってしまったのです。


ながら族は、脳の本来使用される場所と違う部分を使用し、
後で覚えたことを思い出すのが困難になると、
カリフォルニア大学ロサンゼルス校心理学科助教授ラッセル・ポルドラック氏らが、
Proceedings of the National Academy of Sciences誌電子版に発表しました。

一説には、脳の活性化に良いという意見もあります。

良くはわかりませんが、

どこに行こうとも、携帯を持ち、デジカメを持ち走り回っています。


自分が訪れた土地で、
景色を楽しんでるようでありながらカメラのシャッターを構えています。

心の引き出しの代わりに、カメラの引き出しに代用させています。

ほんとうに心が動いた時にカメラに収めるのは良いのですが。

その土地の美味しい食事をカメラに収めるのは良いことだとは思うのです。
ちょっぴりと落ち着かない気もしますが。
私は写真に収める前に食い気が先立ち、
熱いものは熱いなりに、冷たいものは冷たい時に美味しく食べたい気持ちが先立つ。


人間の行動を代用するために便利な技術が創りだされてきます。
リサーチがされ、何が欲望を満たすのかとコマーシャル現代技術が次々に創りだされてきます。


しかし、技術で作り出されるものは全て人間の心で創りだされて来ます。
人間の願望・欲望が新しい技術を作り出します。


その技術に使われてはいけないと思うのです。

創りだすのも心です。使うのも心です。 



今日、ワンコと散歩の途中で時々会って話す

じゃりン子チエにソックリな女の子と、くっいて遊びながらの男の子に。

二人共に、そろばん塾に通っています。

「今日、どうだった。暗算うまく行ったか?」
「今日は難しかった。まあ、65点だナ。ゲヘヘへへ」


本当に無邪気に嬉しい笑顔です。
でも、あの「じゃりン子チエ」そのもの。

こんな子たちが育ってきています。

この子の笑顔を見ながら、
広大無辺の心。

道元の「正法眼蔵ーしょうほうげんぞうー」を、思い出した。








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あれ、こんなんだったっけ。

観光客

今回の旅で色々と考え直すことも多く、
昔から何故かカメラのシャッターを押すよりも

心のシャッターを押して意識の引き出しに収めることが多い。 


写真は足あとの確認と
誰か、例えば自分の子供が成長した時にこんなんだったと見せる役割ではないかと思う時がある。

ブログが簡単に作成出来るようになってからは、違っては来ている。
文字のみの日記から、写真付きの日記としてのブログに変わってきた。
これはこれで、凄いこと。


考え方がそれぞれ違うのであるが、
観光客が好む記念写真とか、
やたらにシャッターを押すことにのみ熱中するのには嫌いなんです。

空間を2次元の世界に切り取り、
日常の家に帰り生活を始めて、今回はこんなこともあった、こんなところに行った
良かった、今度はどこに行こうか、なんて事は嫌いである。


空気を体で感じ、心に感じたことを心の引き出しに仕舞いたい。


そして、何年かを時をおいて、再びその地を訪れたい。

前回気が付かない、角度が違うモノの見方ができる。

20代に感じたこと、30代に感じたこと、40代に感じたこと。

同じ場所でも新しい発見がある。



色々の所に行く事も、
活字の世界でも同じだと思う。


島崎藤村の「夜明け前」吉川英治「宮本武蔵」

日本文学よりも、若い時には特にヘミングウエイ、ヘンリー・ミラーに熱中していた。

父が残した膨大な書籍もかなり読んだ。

ラッセン、ラスキン思考、團伊能・欧州藝術史、辞書片手に棒線が引かれた英文書。

「夜明け前」は目を通したことなく、
「宮本武蔵」は中村錦之助、高倉健の映画のほうが記憶に鮮明である。

以前、かなりの本は処分してしまったが、残された本をもう一度読み返したいものが多い。

1度目に感じたことと、2度めに感じた心の違いを、

そのたびに、自分が螺旋階段を少しづつ上り洗練されていくと思う。



ガラゲーと呼ばれる携帯電話が出現してから、
辞書をひく人が少ない感じである。

面倒な時間を短縮するのには良いかもしれない、
でも、それでは

短絡すぎて自分の引き出しを増やすことができない。


若い人には出来れば「広辞苑」を始め辞書をひく事をしてほしい。

目的の語句にたどり着く間に沢山の気が付かない言葉を読むことができる。


これが、いま、とても大切なことのように思う。







宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。平身低頭。感謝でありがとう。

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宿場町と商家・・・うだつ・・・




少し、もう少しこぼした事を。



妻籠宿

妻籠宿軒先



馬籠宿は2度の大火でかなりの建物が消失した。
妻籠宿はほぼ原型を残しながら復元されている。

確か馬籠宿では1軒。妻籠宿では数軒にうだつ(卯建)が上がっている。

卯建



時々美濃和紙を買いに、岐阜県美濃市にいく。
この街は和紙以上に最近は「卯建の町」である。

美濃卯建の町は和紙商売を中心に商店が連なる。
類焼を防ぐため防火壁としての卯建が必要であるが、

うだつがあがらない」と言われるように裕福でないと卯建が上がらない。

確かに初期の頃は防火壁であったがだんだんと商家の裕福を自己顕示する形には変わる。

日本語は面白いのは、一例としてこの「うだつがあがらない」とか「たわけ」
田分けからわかると思うけれども、戯れ言葉のように関東のバカ。関西のアホ。と同義語。

町家はそれなりに裕福であり、

宿場町ではそこまで手が届かなったのか。



人命なのか、

商品であるの、難しい。


下嵯峨屋室内


下嵯峨屋の長屋の室内、

荒壁、柱、梁木組みがそのままに、更にへぎ板ブキです。

火災には弱い素材ですが、へぎ板が古くなれば囲炉裏で燃され暖と食事に。
荒壁は飢饉の時の非常食として、
そして最後は土に帰る。

荒壁


この自然との共生とりサイクル。


気楽にどの環境においてもわれ行く匂い嗅ぎ周りのミニライオンチワワ龍太です。

妻籠宿ワンコ









宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。
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妻籠宿のへぎ板やね

馬籠宿から馬籠峠へ、急な山道を登り、
男滝女滝をチョッピリと見て、
下り坂を降りていけば妻籠宿
距離的にも近く8,9キロくらいか。

妻籠宿


ワンコと最初に訪れたのが、上嵯峨屋。

上嵯峨屋

昭和44年解体復元された木賃宿。
「重要伝統的建造物群保存地区」の中でも大切な建物である。


おばあさん2人が木曽の菅笠を作る。
木曽檜のへぎ板アジロ編み。

アジロ編みは和室の天井で知ってる人も多いと思う。
網代天井は、ネズコのへぎ板で、年数に連れて黒く味わいのある深い艶が出るものである。


世間話しで華がさく。
土間を挟んで囲炉裏側に座り下らない話しで話し込む。


ヤだねえ~~~。婆さん爺さん与太話だよ。




でも此れが好きなんですよ。
いつも見知らぬ土地でそこの人と与太話が。


ワンコは所在なげにウロウロ土間で匂い嗅ぎ。


へぎ板やねの事、婆さんに聞くも「最近ないねえ」
やはり見慣れすぎて興味もないか。

此処もそうなんだけどもナア。


私は昔から木曽の民家の屋根のことを「へぎ板やね」と呼ぶが、

正式には?「板葺き石置き屋根」になる。


妻籠でも興味が有るのは、
上嵯峨屋。下嵯峨屋。妻籠本陣「人馬会所」「馬屋(厩)」

さて、
お目当ての下嵯峨屋。長屋の一軒分の建物。

下嵯峨屋外観

下嵯峨屋隣家

最近はりんあのように赤トタン屋根に。


下嵯峨屋囲炉裏


片土間2間。



へぎ板又はそぎ板。
木曽名物のサワラの杢目に添ってヘイでいく。

長さ尺5寸、幅3寸。厚み7ミリくらい。
木目にそうから強い板ができる。

宮大工は此れに槍鉋、手斧で仕上げるのが神社建築。
此処ではそんなことはしない。

でも耐用年数が3~4年ぐらい、うまくすれば補修しながらもっと持つか。

面白いのは雨漏りがすると部屋の中の人が長い棒で「ここだっぺ」ありゃ、違うか。
合図すると屋根の上の人が新しいのを差し込んで。

いいねえ。この感じ。

へぎ板天井


葺くときにはほんの少しの隙間を開ける。
木が水分を吸い込むと膨張するから。
当然、キツキツであると太鼓のように膨らんでします。

木は生きているので此処が難しい。

若い時に私の設計で施工してくれた棟梁が舞台床の仕事もしていた凄い人で、
この難しさを教えて貰った。
長い距離の墨出しの糸の撚りもこの時に教わった。


自宅を建てた時に床全体をコルクタイルで仕上げたが、
当時、仕事柄材料は手に入るも経験したことがある職人がいない。
仕方なく、自分で貼ったが、毛髪一本分の隙間を開けないといけないので最初は苦労した。


長く囲炉裏端に座り、
壁の荒壁の穴を見たり、
天井のへぎ板を下から見たり、
土間に転がる台所用具を見たり、
のんびりとタバコ吸いながら楽しいひと時を。


中学の頃から木曽には良く来たので、
今更ながら木曽駒とかの土産物には興味がなく、

日本蕎麦も近くの開田高原へ行って食べたいし、
昨夜馬籠宿永昌寺で、精進料理の時に開田高原の蕎麦も食べたし、

五平餅はいつも食べてるし、



う~~~ん。考えてみれば、儲からない嫌な観光客だよ。



妻籠宿の雰囲気とへぎ板やねを、見るだけの人なんだ。







お気に召しましたら、宜しかったら、此方のポッチもお願い。
宜しかったら、コメントも。奥ゆかしいねえ。

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ccc

「十牛の図」を思い出し、横尾忠則に思いを馳せる。

朝4時半にワンコに起こされた。
環境に戸惑いおしっこをしたいのかとこっそりと
離れの部屋の庭に。

興奮となにか動物の「氣」を感じるのか、
何度も小さな声で裏山の階段に向かい吠える。

本来人間も赤ん坊の時には同じように「氣」を感じるものである。
私なんか、もう心が汚れてこの「氣」を感じることもない。

うとうとしながら6時から散歩に1時間半歩きまわる。
馬籠宿からは日本百名山「恵那山」
前日は雲に覆われていたが、

雲の恵那山


今朝は綺麗に見え空気が美味しい。

朝の恵那山



帰って朝食の時に、昨夜から気になっていた置物のことを。

禅の修行を表した「十牛の図」がある。

この置物は、何番目か。7番目か。8番目か。6番目か。
住職に問うた。


すっかりと空覚えの世界になっていた。
そうだ、と想い出す。

第6図「騎牛帰家」の置物である。

十牛の図


人間忘れることができるから生きて行かれるのだと
話す人がいるのであるが、
私はそれはないと思う。

すべてを受け入れ、潜在意識の引き出しに収まっている。
取るに足らない日常行動は顕在意識の段階で消去されるのかもしれないが。

我がワンコでもかなりのトラウマを抱いているのである。

前の飼い主に雨の降る夜に捨てられて、納屋の片隅で震えていたと聞く。
更に叩かれた恐怖もあるのか上からの手の動きには敏感である。

今回の旅でたくさんのことを思い出した。

その中でもこの「十牛の図」を思い出すことができた。
何か、心が求めていたのかもしれない。

さて、楽しみの妻籠宿へ。

土曜日でもあるので、人が訪れる中ワンコと。
初めての道である。
途中外国の夫婦が妻籠宿から山道を馬籠宿に向かう人にも出会う。


初めて「男滝女滝オダキメダキ}を見学。

あまりこれも記憶にはない吉川英治「宮本武蔵」に出てくる。
武蔵とお通の場面であるのだが。

急な階段をえっちらおっちらワンコは下り登る。

男滝
男滝



女滝
女滝



滝は何か人を引き付けるこれも「氣」があるのか。

日本のグラフィックに衝撃を与えたイラストレータ(現在は画家のほうがわかりやすいか)

横尾忠則が浮かんでくる。


広告の世界から次第に宇宙の世界に。

昔あこがれの人で、2度ほどほんの一瞬会って話したことがある。
ミーハーです。


その彼が一時期滝に惹かれて、沢山の作品を残している。

滝が好きな人はぜひ、横尾忠則の作品を見てくれたら、

                 今までとは違うものの見方が出てくるのかもしれない。




気づきの短い旅が続く。

谷川












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ミニライオンワンコに連れられて、馬籠宿に。

8月31日。以前から是非にと言われていた馬籠宿に行っていました。

宿泊費はある人が面倒見て(住職と色々と話してきたらと)くれることと、
今日9月1日は父の61回目の命日であることと、
ミニライオンワンコが一緒でも良いとのこと。
これらが重なり、

馬籠宿永昌寺へ。

ミニライオンワンコ

馬籠宿は、30年近く前に姉の子供達を連れて行ったことがある場所。
木曽の雰囲気がすきで何度も訪れているが
馬籠宿は、遠イイ昔です。

永昌寺

島崎藤村のお墓があるのがこの永昌寺
由緒あるお寺で、今回は私一人とワンコと、
本殿と客殿をつなぐ太鼓橋、
右手に睡蓮の池を見て、
一番奥の2部屋続きの部屋に泊まる。




途中19号線で前が見えないくらいの大スコール。
久しぶりに運転緊張。
馬籠宿についた頃には、雨も止んでワンコと馬籠宿散策。

馬籠宿入り口


8月最後と金曜日で、訪れる人は少なく、
土産物屋には興味もなく、
木曽に訪れるときにはかならず買う地酒も今回は断酒宣告で涙をのんで、

馬籠宿


宿場街道建物も2度の大火でほとんどが消失してるので、
相変わらず木曽に来ると好きな水車、防火用の天水桶。
水車

防火用水



他の人と違うの感じで、
ワンコと宿場を離れて田舎道に、
馬籠宿水田


畑にも稲穂の水田にもありとあらゆるところに、
高圧電線が張り巡らされている。
この人里にもイノシシが降りてきていることにも驚く。
猿の被害も多いと聞く。

登山と同じようにきつい勾配の坂道に這いつくばる村落であるので
致し方がないのかもしれない。
家に帰ったら冷凍してあるイノシシで久しぶりのイノシシ汁を作ろう。
変なことを考えるもんだ。


温泉に浸かり、久々の精進料理。

ワンコは住職の奥さんの後をついて興奮しまくる。

村人が沢山本堂で打ち合わせ中もワンコは愛嬌振りまき、
みんなに可愛がられて、
私はひとりぽつねんとテーブルで本を読みながら。


明日は建物期待の妻籠宿へ。
これまた、久しぶりに対面するへぎ板やね。










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