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インテリアコーディネーターの始まりの頃。非難轟々覚悟で。青汗・・・

インテリアコーディネーター

インテリアコーディネーターの位置づけ。
きちんとありました、初期の頃には。

変な言い方ですが。
上手く貴方に伝えることが出来なかもしれないが、
貴方の頭の中で再構築して欲しいのです。

嫌ですねえ。今迄こんな媚びることなかったのが、年取ったんですかねえ、
いいや、
そうではなくて、女性のインテリアコーディネーターが多いので、
敵に回したくはないので、コビリます。


過去には、少し。うん。叩かれたから。正面でなく、裏で。此れ怖いんだよね。


整理・前提。。。。ここから話します。

当時、このままいい加減な金儲け主義の教育をされたら、

自分たちの首を絞めるから何とかしたい。

メインが、壁装材協会等の内装関係者。


この段階でとうかくを表してきたのは、岡田徳太郎氏。
三井物産ニューヨーク支店長。いわゆるコースハズレのコース。と思う。
此れ文句出る。嫌でない。

経緯は知らないが、商社マンから三井ホームへ。
そこで彼が取ったのが、海外経験から学んできた、
インテリアのコーディネィトの専門部署を戦略に。

募集条件、海外居住経験のある人。
     当然、生活レベルが高い人達が多いのに決まっている。
     更に、わざわざコーディネーターなんて職業でなく、
      主婦たちの日本の花嫁必須のようなものの場で体験してきていること。

当時、高学歴、高収入エリートと言われ海外居住経験のある奥さんたちを集めれば、
此れほど良いことはない確定的ビジネスチャンスであります。

もう一人、有名な女性がかんでくるのですが、
この辺りは、私の独断と、変に頭の抽斗に残ってる断片を組み合わせているので、
了解しておくんなまし。です。


話し戻し、協会等の内装関係者。の、指導官庁は言わずと知れた流通を取り仕切る

通産省(当時の話で有るので、なるべく当時の省名を使う。)


そして、当時先導的な団体として、インテリアデザイナー協会があった。
プランナー協会までは私も属していた。
面白い話は沢山あるが、その内に。


内装関係協会。インテリアデザイナー協会。通産省。千葉大教授小原二郎氏も、此処に。


名称===インテリアデザイナー。
     この名前は、インテリアデザイナー協会会員に
                 (協会員には2名の有名会員推薦状・作品プレゼントが必要)
     当然であるが、
     テキスタイルデサイナー。
     家具デザイナー。プロダクトデザイナー。
     商空間デザイナー。住空間デザイナー。
     あらゆるInterior関連の人がいるので、この名称は使えない。

     いつからか、インテリアコーディネーターに落ち着く。

試験===最初のたたき台の試験内容は、かなり高度の建築知識が織り込まれていたと聞く。
     実際に、私が受験した第1回目の試験及び、初期の頃に、
      (完全にこの段階で既に、インテリアデザイナーの体をなしていない内容である。下記に書く

     一級建築士の受験がかなりのパーセントを占めていた。
     
     その、一級建築士、全能の神ゼウスと自認する彼ら
     の30%近くが受からない状況もあったはずである。

     
はい、ここで、日本のお家芸の縦系列の既得権益の争いでございます。     
     
建設省=一級建築士 。VS 。 通産省=インテリアデザイナー。内装関係協会。 


これ、建設省の勝ちでごんす。

腕力強いから、土建屋は。

そして、此処で、インテリアコーディネーターは、通産省の範疇に置かれている、

内装関連業者。プレハブ住宅メーカー。等のインテリア物品販売業に押し込められました。


ちんちん。


第1条

インテリアコーディネーターは、クリエイターでなく、インテリア物品販売業であると心得よ。

ゆめゆめ、夢に溺れるべからずなり。 
 










宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。腹の中に収めるのが大人の作法ですよ。「ケッ。あほくさ」を。
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