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お盆を迎え、親子の血を考える。

親子ベア
生まれ育った気候風土。
其処から出てくる連綿とつながる血。

そして、9歳までの家庭での愛情を受けた生活。
これらはのことは自らが選べることではない。
が、

クリエイティブの仕事には欠かすことが出来ないことである。

昔遠イイ昔、そう1回目のご結婚の時、
両親、兄弟、親の兄弟の家系を調べる習慣が名古屋にはありました。
本人には当然、1週間調査会社の尾行がなんとなくついてた感じ。
遺伝的な血を考えてのことであろう。

人間の本能・子孫への親たちのよく言えば心遣い。悪く言えば‥‥。

それほど、血の問題は大きいみたいでもある。

私も母が大嫌いになったのは、2度めの結婚の時からである。

(1度目とか2度めとかややこしいが、
 心の離婚は何十回も数えるものである。
 世間では、浮気というがやはり、心の離婚だよね。へへへへ)

まあ、やはり世間でありがちな、嫁姑の闘いである。
早くに、夫をなくし子供に夫の面影をダブらせて行くので、
一番父親に似通っている私を選ばれても良い迷惑でもあった。

憎みながらも、
そのように何らかの力で仕組まれているのか、
最後は、介護をせざるをえなかった。

一番嫌って、そうなったら施設に入れると心に決めていながら、
色々とあるが、結局は、下の世話まで。
他の男の人のことは知らないが、
あれほどの衝撃は人生ここまで来てなかった。

そう、自分がこの世に出てきた場所の衝撃。

食事も食べれば気持ち悪くなり、
仕方なく朝から焼酎お湯割りでごまかす毎日。
分断睡眠。
憎みながら、憎みながら、それでも楽しみながらの介護でもあった。

兄弟の関係はある面分断できるが、
親との血の関係は、憎みながらも断ち切ることが出来ないものである。


最近、若くして親とのボタンの掛け違いで家を早くにでた人の話を聞いた。
ある人は、最近親からの連絡で会う機会があり、
会えば、未だ母親の中では、彼女の14歳のイメージしか無い。
それでも、親子。

ある人は、近くに住んでいながら拒否されている。
それでも親子。
存在されも消されていると嘆いていた人もいた。

でも、どこまでも親子の血だ。
私も、アレだけヘルパーたちの一心同体だと言われながらも、
介護に仕事も半分やめて精魂込めても、
一言も、有難うの言葉すらなく、
一から十まで指図をされていた。


でも、亡くなる1ヶ月前、
正月の幕の内が過ぎた時に、
デイサービスセンターに迎えに行った帰り、

車の中で一言。

「有難う。」

ポツリと、それのみ。



今。3年目のお盆を迎え、
約束の櫻の並木道を車椅子で連れて行かれなかった思いを引きずりながら。

憎んでも、親子の血なんだナ。






宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。腹の中に収めるのが大人の作法ですよ。「ケッ。あほくさ」を。
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