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「痩せて洗濯板だよ」????なに、それ??

洗濯板
都市に移動してもやはり忘れられないのが、
味覚に残された記憶です。

おじいさん、おばあさんからの風土の味を知っている私たちはまだ良いが、

子供たちに伝えるべき味を、

夫婦で新しい家庭の味を作らなくてはいけないのに、

インスタントに、

全国どこでも同じ家庭の味になるのではないか。



風土からの生活が基本の生活の場、
リビングルームのレイアウトもかなり均一になってきている。



以前、講義で生活空間の話しをした。

少し長いが昭和10年「新時代の住宅設備」増山新平著(巧人社)の一節を引用。

=臺所の洗ひ場は關東では流しと言ひ、
 關西では走りと言ってゐる。東京地方では臺所の床の一部を一段下げて、
 床張りやコンクリート造りの洗ひ場を作って、かがんで食料食器を洗ってゐる。
 大阪地方では木製臺付の立流しを造って立って仕事をしてゐる。
 その構造は共に不完全であって、水沫は飛散し、器物は洗ひにくく、
 臺所の仕事のみじめさを見せてゐる。=

不便で不衛生な臺所。流し場。

戦後20年後半から、30年代にかけて
一連の(民主主義革命????)

家父長的家族制度の解体。

男女平等確立され始めたこと。

国民の社会的地位が高まったこと。で、


これを一気に改善したのが、
すでに話している、住宅公団のステンレス流し、ダイニングキッチンになっていく。


 ここからが大変。 


主婦の家事労働軽減化の話のなかで、

台所作業と洗濯がやはり一番大変だった。


 「洗濯なんて洗濯機のスイッチ押すだけです。簡単です。」


「今みたいに洗濯機もない時代だったんだよ。」


「そうか、昔は川で洗濯してたんだ」


絶句。絶句。唖然、呆然自失。
 


今日散歩の途中、公園で遊ぶいつもの顔見知りの子供たちに、

同じように聞いてみた。

「洗濯機なければ、川で棒で叩いて洗うんだ。
 お母さんの見てる韓ドラでいつも見るよ。」


そうなんです。実体験がないのです。

洗濯機と川の間が、想像できないのだ。



「こんな形の洗濯板で洗うんだ。」

地面に木の切れっ端で図を描いても、無理だ。


「最近、痩せて洗濯板だよ。」
こんな会話も通じない。

枯れ木に話しかけられる時代になったのかも。

家族のあり方、伝統の伝え方。

誰が考えるんだろう。








宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。平身低頭。感謝でありがとう。

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