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「生きるための学び」を失くしたことが・・・・・

軒遊び

[「向こう三軒両隣」懐かしい言葉になりました。

昔は近隣社会が、道を挟んで出来ていましたので、

その道は自由に遊ぶことの出来る子供の天国であり、

かみさんたちが立ち話をしたりするコミュニティーの広場でもありました。


家と道との間には、塀や垣根があっても、目隠し程度で、

自由に出入りできるものが多かったのですが、

どんな親しい人でも、必要のない限り庭には入ることはなかったのです。


散歩の途中、この所公園で遊ぶ子供たちの姿が見えない。

聞けば、サッカーボウル遊びの時に土埃が舞うのが当然であるが、

公園に面した人から文句が出たそうである。

いわく、「洗濯物に砂がつく」

更に、公園に面した場所は駐車違反であるのに、

車を止めて、窓ガラスに野球ボウルが当たったと文句が出たらしい。

運悪くベンツであった。


そういえば、最近東屋で子供たちがカード遊びをしてるのを見る機会が多い。


子供の遊びには、口遊び、縁遊び、軒遊び辻遊びがありました。


縁側がなくなり縁遊びもなく、

辻遊びも出来なくなって、



子供は遊びの中で、人との犯してはいけない境界を学び、


悪戯の中で、やってはいけない限界を学び、


他人を気遣うことで、自分を大切にすることを学んでいました。



かっての日本の開放的なすまいには、

玄関、勝手口、縁側の少なくとも三つの出入口がありました。


現在のアパート・マンションのみならず、戸建住居も、かって存在した幾つもの中間的な場も、

一つに凝縮されてしまったのです。



ドアには、ブザー、インターホン、覗き窓、何箇所もの鍵、ドアチェーンの装置をつけています。
機能的にはそれで用が足せますが、かってのような様々な付き合いが失われました。




生きるための学びを失くしたことが、


きっと、現在のいろいろの、いじめを始め、原点ではないのでしょうか。




まして、

最近「中国の一人っ子政策」の歪が言われ始めても来ました。






宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。平身低頭。感謝でありがとう。

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