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陰翳礼讃よりも、カルフォニア日本区かも。。。。

カルフォルニアガール
1970年代に入っても、
親から、
「世間の目があるから」「隣近所にみっともない」言われ続けていたのです。

特に女性は、口を酸っぱくして言われたし、教育でも同じように教えこまれていたのです。


ベトナム戦争が引き金になり、
若者文化が既成概念と闘い、破れて。

ウーマンリブが叫ばれ、女性が社会に進出してきて、
このあたりから、文化が大きく変わってきたと思う。



日本人の太陽光信仰が定着してきたのもこの頃と思います。

日本人は、竪穴住居の土間空間の中で、暗いすみかに慣れた日本人は、
暗闇の中でこそ、本当に安らかな気持ちで眠ることができたのかもしれません。


第2次大戦まえに、農家の改善が叫ばれていました。
寝間の改善も大きな課題だったのです。


あまり、ピンとは来ないとは思いますが、
京都の町家などを思い出してくれると理解が出来ると思います。
もともと薄暗がりを好む民族だった。



これが変わり始めたのが、
大正末から昭和初期にかけてのことみたいです。

谷崎潤一郎の陰翳礼讃が書かれたのは、これも理解できると思う。

「われわれが住居を営むのは、何よりも屋根という傘を拡げて大地の一廓の日かげを落とし、
その薄暗い陰翳のなかに家造りをする」


また、最近はどこもかしこも明るくなって、日本情趣が失われてしまったと嘆いてもいます。



これは、冬の日射を最大限取り入れなくては、寒くてやりきれない
日本の気候風土にかかわりなく、
南方系の開放的な住空間を取り入れたのも原因がありそうです。


この住空間様式は、
戦後サンフランシスコ湾流域の住宅建築に影響を与えたのです。

これが、 「ベイ・リージョン・スタイル(湾地域様式)」と言われるものです。


その代表的建築家ウィルターは、こう述べています。

「日本住宅の様式は、日本の気候に適合しない。ホノルルにより適合し、

 カルフォルニアの気候に、最も適している。」



日本人が、カルフォルニアに、以外と引かれるのもうなずける。
東洋でなく、カルフォルニア日本区であるのかもしれない。



日本住宅は日本の気候風土が生んだものであり、
夏涼しく、冬日光を取り入れて温かいのだと教えこまれてきました、


少し大きい文字ふと、気がつくと、



あの薄暗い農家や町家に住んで、陰翳のある暮らしを好んできた日本人でしたが・・・・ 






宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。平身低頭。感謝でありがとう。
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