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満月眺めて、「間」を考える。

満月

あの薄暗い農家や町家に住んで、陰翳のある暮らしを好んできた日本人でしたが・・・・
東洋でなく、カルフォルニア州日本区であるのかもしれない。
現代は。


先程、上の階のキッチンへ、階段を登っていくと、
満月の光がリビングに満ちていました。

明かりをつけない薄暗がりの中、月のひかりに、心が落ち着き、
食事の用意も忘れて、
床の上にひっ転がってぼんやりと満月を見ていたのです。

子供の頃、雨戸の板のはねた隙間から、月のひかりが縁側に差し込んだあの時を思い出していた。
雨戸は板戸ですので、木表・木裏の関係で、跳ねるのです。

暗闇の中、鋭く差し込んでくる光。
鋭く闇の空気を切り裂くのであるが、それでもなんとなく朧気なひかり。


いろいろの説があるが、
わたしはこの光景が、日本人が持っている本当の心ではないのかと思う。


ーーーーー間ーーーーー


門構えのなかに現在では「日」ですが、本来は「月」であっと記憶しています。

このなんとも言葉に表せない微妙な一瞬。
これが、「間」と表わせてきたと思う。


小さい頃は、ラジオの時代でした。
ラジオが毎日の生活を支えていたのです。

かすかな記憶に、「徳川夢声の宮本武蔵」があります。
子供心に、あの長い沈黙が怖かった。
暗闇の中で、聞くラジオからの沈黙。
期待でもなく、恐れでもなく、なんとも言えない時空間

日本人は、
2次元としての梁間。線的なもの。
3次元としての空間
4次元としての時空間

これらすべて、「間」で表してきた。



speceは、中空の3次元のなかに、なにか、そう「りんご」をおいた時に、初めてスペースがわかる。
このspeceが日本に入ってきた時に、
当てはまる言葉なく、「虚」の概念の「空」と微妙な一瞬の「間」を当てたと考える。


本来、spece空間と言われているが、ぜんぜん違うものと思う。


西欧人は、住まいの単位を表すときに「立法」を使う。
日本人は、住まいの単位を表すときに「間」を使う。


駅前の不動産屋のガラス戸に貼りだされている案内を、
かなり以前にアメリカ人に不思議がられたものである。
「4畳半、6畳、風呂、トイレ付き。徒歩10分」

日本人は、これで「あ~~~。これくらいの広さだ」と何となく分かる。
西欧人にはこの感覚が理解できない。

此処で、断らなくてはいけないが、
畳の広さは、京間が基本と思うが、現在では、団地間。(これも古い言葉かも)
比べてみれば、驚くと思う。


此処も、乱れています。公団が無理やり畳の数を合わせるために縮めて、
更に、民間がそれに習ってさらに縮めて、現在の畳の「間」に。

畳が基本で柱割りをする「京間」から、柱割りから畳割をした「江戸間」
更に、耐震性を基本とするコンクリートからの畳割へ。です。

この続きは、次へ。






宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。平身低頭。感謝でありがとう。
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