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春近し ワンコと共に 立ちション

当然、公衆の面前では、軽犯罪法第1条26号に該当します。
法律よりも以前に、誰もいない、山道の散歩道で、夕日に向かいながらは、実に爽快、天下を取った気分。

男の本懐。この経験がないと、寂しいものだ。

しかし、不思議に、人が、来ないのが分かりながらも、少し、背を丸めてしまうのは、何故だろう。

40年位前は、まだ、おおらかだった。新宿の東口と西口を結ぶトンネルを通るときには、そこはかとなく、田舎の田んぼ道の匂いがしたのを思い出す。
大学の時にも、やはり記憶に残っているのが、大学が駅から坂道を歩いて高台に。駅を出て、すぐ坂道に取り掛かるところに、今は見かけない屋台が何軒も並んでいた。

主任教授との講義は、昼間でなく、その屋台での講義が多かった。
そのときにも、当然トイレがないので、屋台と坂道の影で、立小便。
朝、講義にまじめに出かける時には、そこはかとなくその匂いを嗅ぎながら、校門に。

でも、なぜか、少しの後ろめたさが、かすかな暗闇に向かわせると思う。
まさか、明るいところに向かうのは、いないはずだが、変態はわからない。

人間には、ほのかな闇が、必要なんです。

住宅の光が、何故、このほのかな闇を、失ったのか。

まるで、会社の事務室のような、平均化された光を、そのまま、くつろぎの空間に持ち込まれてしまった。
事務室は、基準的には、500ルックスの均一な光で、作業効率のために作られている。
それをそのまま、くつろぎの空間に持ち込んでいれば、心が安らぎを求めるところか、むしろ、作業の延長である。

気など休まるところではない。

黙々と、食事をし、つまらないTVを見て、黙々と、PCに向かいメールを打つ。
西洋文明は、ひたすら部屋を明るくして、陰影を消すことから始まった。これは、狩猟民族のひとつの防御の姿勢、何時敵に襲われるか分からない恐怖の本能から生まれてきたのだと思う。
逆に、敵に襲われる心配にない日本人は、陰影を求めて、その中で、感性豊かな文化を作り上げてきたと思う。

平べったい均一の光の空間からは、豊かな感性が、生まれては来ない。

庭の梅が、満開に咲き、大好きな、花桃が、蕾を膨らませ、春がそこに。


花桃2


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