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「器だけの居間」にしたのは、誰なんだろう。


「家は、子が育ち、
 多くの発見と創造を繰り返しながら、
 文化を育てていく森。
 住む人のたくさんのメモリーが詰まっている。

 それを大切にしたい。」

10月2日「建築家 内井昭蔵 の素敵な言葉 」

建築家内井昭蔵氏の言葉を紹介しました。


このブログでは、何度も色々と取り上げてきたのですが、

少しずつ又整理をしないといけないかもしれない。



昨日も書いた言葉。

居住空間の家庭の中で、主人の座、母親の座を見失ってしまった現在、

あまりにも頼りなくなりました。


これはダメだときちんと言えない、親たちが、

謙虚に学ぶことです。妥協はせずに。




堅苦しく、読む気もしないと思いますが、

日本が敗戦直後、日本の建築家たちは、

私室の確立、居間の充実など、

生活の側から住宅改善を主張してきました。



しかし、その後の現実の住宅革新は、

「テレビ、冷蔵庫、洗濯機ー家庭の三種の神器ー」

に始まるメーカーの売り込みによって、主導権が移って行きました。

経済産業構成と絡むので一概には言えないが、

生活の改善よりも消費市場の創出と拡大、

会社の利益拡大に、誘導されてきました。


住宅産業のゆとりある生活の器空間が提供されても、

居間生活は、相変わらず貧困です。


日本人のかっての農家の囲炉裏端。都市庶民住宅の茶の間の

団欒の生活があったのです。


ごく最近までも。



これを失くしたことが大きい。

食事は上下の秩序の確認の場であり、

生活のしつけの場でもあったのです。



本当の居間生活は、


親たちが伝えてきた好ましい生活の知恵を受け継ぐこと。




豪華なソファ、飾り棚をおいたみばえばかりの空虚な形骸化の空間ではないはず。





宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。平身低頭。感謝でありがとう。

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