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便所であり、お化粧であり、香であり、衣類であり、いろいろの切り口で


京都御所

食事は上下の秩序の確認の場であり、

生活のしつけの場でもあったのです。

本当の居間生活は、

親たちが伝えてきた好ましい生活の知恵を受け継ぐこと。


先日、母の介護からの後遺症かもしれないが、

未だ、分断睡眠の癖が抜けない。

幼児の育児で母親が、疲労困憊する分断睡眠と同じである。

子を持つ母親の偉大さが身を持って感じる。

やはり、夜中に目が覚めた。

眠れないままに、PCの電源を入れると明け方まで眠られなくなるし、

かと言って本を読むと、
肉体的疲労感を覚えてる時にはすぐ爆睡をする睡眠薬代わりになるが、
中途半端な気分では、その気も起こらない。

目が覚めてしまったので、仕方なくPCで色々とやり始めた。

次第に闇から薄闇に変わる頃、

何気なく目を庭に向けると、生垣の椿の隙間から、メガネが光っているのではないか。

気持ち悪くなって、窓を開け、怒鳴ろうとしたら、もう姿がなかった。

夜間でも、カーテンが嫌いで、デスクの前の窓には半分くらいしか、カーテンを引かない。

下の道からは少し高さがあり、デスクからも10メートルくらい離れているし、

第一、下の道は、中学生の登下校の時と、

朝夕におばさんたちの散歩しながら話す声が聞こえるくらいで、人通りはない。

まして、夕刻以後は、人すら歩かない道である。

その道で、明け始めた空の下で、椿の隙間からメガでは、いくら私でも怖い。



そういえば、日本人の生活には、

この「間」にも、ハレとケがありました。

「ケ」の日常生活で、歴史を見ていくと、寝殿造りの建物を思いだす。



35年ほど前、知ってる人が、宮内庁に特別に願い出て、

カミサンとふたりきりで、京都御所、仙洞御所を案内してもらった。

天皇陛下の使用する廊下等は、歩くことが出来なかったが、

すごく感動とともに、教科書・資料とは、現実的にかなり違うことを覚えた。


あの五十四帖に及ぶ膨大な『源氏物語』に、入浴の場面が出てこない。


便所もない。


「万葉集」には、川の上にさし出した建物があり、
用便をすればすぐに川に流れる清潔な水洗便所であったが、
これが、今でも残る「かわや」の語源かも。(川屋ー厠)

宮殿にはない。代わりに「まり箱」に排泄していたみたいである。

ルーブル宮殿も同じで、あちらは、庭で排泄をしていた。



このあたりから、文学のロマンと、現実の違いを考えていきたい。

建物は、当然生活そのものから出てくるものであり、

現在もそのまま引き継いでいる南方系の様式を、考えていかれれば、

現在のいろいろの問題も見えてくるのかもしれない。

便所であり、お化粧であり、香であり、衣類であり、いろいろの切り口で繋いで行きたい。









宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。平身低頭。感謝でありがとう。

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