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平安朝式メイク術と、寝殿造りの交合。。

源氏物語絵巻

京都御所の中は、歩いてみるとわかるが、

昼間でもほんのりと暗い、その上、天井はない。

天井ができたのは、書院造りの頃である。


物語を読むと、貴族たちは夜更かしで、
夜の生活時間がやたらと長い。

酒宴が毎晩のように行われ、
次の午前中は、前夜の酒宴疲れとその他の疲れでほとんど寝ていた。


貴族階級は、仕事らしい仕事をしないので、これが普通の生活リズムである。

ややもすると現代若者によく似通っているのかもしれない。

長い夜の照明も、かなり未発達で、灯台が処々に置かれているだけである。


御所の内部を歩きながら、

色々と当時を考えると、

ほんの少し離れた人の顔でも、ぼんやりとしか見えなかったと想像がつく。


源氏物語絵巻」「枕草子絵巻」を見ていると、

ふっくらとした下膨れの顔。そして、肌の輝くような白さ。

文学にも『匂うが如き花の顔(かんばせ)』と出てくる、
この「匂う」が、絵巻にも描かれた白さである。


肌の色の白いことを、美しく「匂う」と表現した、日本人の世界に誇る感性です。


いま、「におう」なんて言葉を使えば、

きっと、「臭う?そうだよねぇ。もう3日も風呂に入っていないからねぇ。臭いよね。」

と答えた、TV局の番組制作会社の顔の綺麗なADの女の子を思い出した。

ADって、本当に過酷で、人間扱いされない世界だけど、今でもそうなのかしら。



さて、暗さの話で、

寝殿造りの建物で、貴族たちが精彩を放つのは、長い夜になってから。

生活の主要な時間は、ほとんどが夜に集中。

昼間でもほんのり薄暗がりのただっぴろい空間なのに、
その上、夜は、灯台処々ではわかると思う。

歩いてくる人が、誰かもわからなくては、媚を売りたくても売れないで困るのだ。

暗い中で、くっきろとめだつはだの白さを強調しないといけない。




そこで、
平安朝式メイクの登場。
まず、「おしろい」である。これは、亜鉛を成分としたものである。

メイク・・眉毛を、一本も残らず毛抜きで、抜くこと。

      眉毛があると、おしろいの乗りが悪いのです。

メイク・・象牙のへらで、おしろいを厚塗する。

      現在では、芸能人にややこの傾向が残っていると思いますです。

メイク・・眉よりやや離れた上の所に薄く眉を引く。茫眉(ぼうまゆ)といいます。

      当時は、目と眉の距離が遠いいほど、高貴な顔と考えられていたのです。

      目と眉が近ければ、暗い空間では、ギャオーー顔です。です。

メイク・・唇もおしろいで消します。

      口紅が、出てくるのはうんと後。寛文年間以後と言われております。

メイク・・歯に、お歯黒をつける。


以上。平安朝式メイク術。


現代みたいに、彫りの深い顔では、暗い空間では、ブス。ブスです。

なぜなら、彫りが深いと陰翳ができて、想像がつく怖さです。


絵巻物の人物は、たいてい凹凸のない、能面的なのっぺりとした、ふっくら顔です。

この原因は、まだ他の要因があるのですが、これは次回。


住まいの暗さという生活環境から、平安朝式メイクは生み出されたんであります。





宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。平身低頭。感謝でありがとう。

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