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喜びと悲しみを知ったバランス。。。。

10-19

最も悪食な動物が、人間であったのです。

現在でも、この悪食傾向は、変わらずに、本能的に身についているのです。

人間は手あたりしだいなんでも食べて生きてきたために、

弱い肉体を持ちながら生き延びてきたのです。

ダイエットは、痕跡の残る偏った悪食で本能のままに。


昨日の話はこんなところでした。



本能がこうしたいと望むことを、

よし実行しょうと決定して、行動に移す。

生きていくために、絶対必要な食べ物の獲得しなくてはいけない、

苦しく長い生活の間に、人間の脳は次第に発達し、

計画した行動を実行し、実現すると喜びを知るようになった。

計画が失敗すると、悲しみを覚えるようになった。



この喜び、悲しみの感情が、

人間の創造的知能の発達を促した。

食べ物獲得のために、あらゆる手段、方法を考える意欲が生まれたのです。



現代は、これらの心配もなく、むしろ逆に働くことが出ています。

3歳時教育、これが後天的な素質の基本を作り上げていると思う。

この時にボタンの掛け違いとかズレが出てくると、

表面には出てこなけれども無意識の世界で固く引き出しを閉ざしてしまうと思う。

その後の、何気ない言葉がその引き出しを引くこともあると思う。



「人参が嫌い」なんて可愛いものかも知れないが、

両親に安心をして喜びの感情が、ある時に何かの言葉で悲しみに。

やがて憎しみにも。


知ってる人のことを、すこし。。。。。


早稲田大学政治経済学部にストレートに入学をしたが、

父親が小さい頃から医師にすべく厳しく教育して来たのだが、医学部は失敗をした。

息子は、経済学部で勉強したいのだが、

父親が、頑固に、医学部の再受験を言い張り、

早稲田大学に通いながら、浪人生活を1年。

次の年に、一応中堅の医科大に合格はした。


ここから、今私が感じるのは、悲しみから憎しみに変わったと思う。


大学3年の時夏休みに、ひょっこりと母親と自宅に遊びに来てくれたが、

母親の目を盗んで、

「おじさん、この雑誌買ってくれない」とポツリと。

本屋で見れば、私が興味も持つことない「ボディビル」関係の雑誌であった。

その後、

大学のトレーニングルームで体を鍛えあげていった。

確かに、医師は、あの長時間の手術に耐えうるだけの肉体が必要である。

私の癌の腹腔鏡手術を担当してくれた医師も、太い腕をしていた。

だから、私の5時間半に及ぶ手術にもやりきってくれたと感謝したものである。


彼は見事に鍛え上げた体で、ポツリと。

「今に見ていろ、機会があったら絶対にやってやるから」
と憎しみを込めて。


今、医師と活躍している息子と地方の名士の父親との関係は、断絶している。




厳しくしてもいけない、かと言って野放図でもいけない。

喜びと悲しみの天秤のバランスを、上手く取らないといけないのだが、

難しくてわからない。


楽しく美味しく楽天的に食べられる喜びと、

その後に起きる悲しみと。

バランスが、それぞれであるので、難しい。











宜しかったら、此方もお願い。でも、忙しいから無理しないで。

でも、です。宜しかったら、コメントも。平身低頭。感謝でありがとう。

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