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春の雨、何故か、縁側恋しくて

  • Day:2012.04.24 03:02
  • Cat:日記
enngawa

春の雨。
ポカポカと日差しがないのに、何故か、今日は縁側で、ひとときを過ごす。

母が亡くなり、3回忌を過ぎたのに、
まだ、介護の尾を引いているのか。

母の膝枕で、
話をしながら包まれた記憶が無い。

ワンコに、強制的強奪された座蒲団を、取り返し、2つに折り曲げ、膝枕変わり。
ぼんやりと。ぼんやりと横になり、

父との記憶は、廃墟の様な灰色に彩られた中で、
忽然と現れた、白亜の建物と、星条旗。
戦後、三菱重工から、GHQへ。
手を引かれ、見知らぬ世界の板チョコとブロンディの漫画のワクワクが残る。

母との記憶は、夕方、駅の構内の柵に腰掛け、
日が暮れる頃に、電車から降りる母を待ち、20分かかる帰り道、
母とは、会話もなく、道端の桑の実を取り、お歯黒になりながら頬張った。

曖昧な軒先空間。

公共空間でもなく、私的空間でもなく、
あるがままの自然との融合。共生。

島国で、単一農耕民族である日本人独自の、自然との緩やかな交換。
同じ農耕民族でも、陸続きの大陸では、常に外敵からの防御を考えていかなくてはならない。

狩猟民族は、さらに強固に、外敵への防御を強いられたから、
公共空間と私的空間が明確になる。

建物も、まず最初に,身を守るために壁を作る。
何時襲われるのかの恐怖が、先にくる。
個の概念が、ここから生まれた。
中世の都市を見ても、まず個を作り、集合体の中心に、公共の広場を作り、
それらを防御するために、城壁で囲い防御をした。

日本は、まず、屋根を作る。
外敵から身を守る必要がないから、まず雨を避けるために、屋根を作る。
共生の概念が、ここから生まれた。
外の空間と、内の空間、その緩衝帯に、軒先空間としての縁側あった。

内に迎えるまでもなく、かといって、外では場が悪い。
そこで、軒先空間の何ともいえない曖昧な縁側が出来る。


公団、アパートが出来て、この空間が無くなった。


もうすぐ、休みが出来るから、故郷で、この曖昧空間を感じ直してみたら、
まず、仏壇にお参りをして、そのまま、縁側で、座布団枕で、大の字に。
それから、家族の団欒でも遅くは無いのだ。

毎日、あくせく走り、故郷でもあくせくでは、心が、可哀想だと思う。
メリハリをつけない、曖昧さだけが、残されているのかも。

思いっきり力いっぱい走り、

休むときには、ぼんやりと。




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