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日本人の心の「床の間」忘れてはいけません。

  • Day:2012.04.25 01:59
  • Cat:日記
床の間花
団から、アパートから、戸建てプレハブ住宅から、
縁側が消えて久しく。

もう一つ、消えました。

「床の間」

床の間が、失くなってから
家長の座も亡くなりました。
家族、仲良くも必要だが、団欒も必要だが、やはり、空間に、凛とした空気も必要だ。

日本人の精神構造の中に、きちんと位置づけられていたと思う。

建築的には、正しくは「床」一般に床の間と呼ばれ、
ハレの空間(この言葉も、喪失かも。ハレとケ)客間に、厳然たる尺寸寸法で構成された、床柱、床框、落掛。

南北朝時代、付書院、違い棚とともに「押板」
掛け軸をかける壁に、置物や陶器を展示する机を。ほぼ完成は、書院造、数寄屋風書院。
数寄屋建築で思い出すのは、建築家吉田五十八氏。
あの、凛と張り詰めた空間を思い出す。
あの空間に、応えるべき職人も、ほとんど姿を消した。

確かに、現代には嫌な空間かもしれない。上座、下座。


でも、きちんとした「室礼」は、必要です。

これを失くしてから、家庭の見せかけの幸せだけで、
実際は、自然との共有から来る「和」の空間に、
明治以後、無差別に取り入れてきた「個」が、幅を利かせ、
地につかない、歴史にそぐわない、混乱からの家庭崩壊であると思う。
そういえば、一時期「積木くずし」なんて言葉が流行ったが、
今では、常態化して、話題にも上がらないのかも。


床の間の構造に「蹴込み床」「蹴込み床」「袋床」多様な展開があるが、
無理をしなくて、「置床」の方法があります。

小さな子供がいると無理かもしれないが、嫌、無理でなく「しつけ」です。

ほんの3尺。出来ないのなら1尺5寸の畳に、本漆の床框をつけて、
壁には、高価でなく、手書きでも、季節の掛軸を掛け、
床には、散歩の途中に積んできた名も知らぬ野花を摘んで、活ける。

今、すべきことは、豊かな心の見直しです

床の間

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