FC2ブログ

しきたり、気配り忘れた、日本のすまい。

えんがわ
http://www.cosmohome-co.com/blog/sikakenin/post_238.phpより・

天井の高い空間で育つのは、
心が解き放たれて、おおらかに育つものです。

今の環境では、望むべきものがないのですけれども。

かっての日本の空間は、凄く開放的でした。
家と道との間には、塀や垣根があっても、
目隠し程度のもので、自由に出入りが出来るものが多かった。

しかし、
どんなに親しい人でも、必要のない限りは、庭の中には入ってはきませんでした。
そこには、目に見えない境界が、幾重にも張られて、
お互いに侵してはいけない領域を心得て暮らしていたものです。

日本の開放的な住まいには、かっては、玄関、勝手口、縁側。
少なくても、この3箇所の出入口があったのです。
そこは、たんなる出入口でなく、座敷に上げるまでもない訪れた人を接待できる空間でした。

玄関は、正式な訪問客。
勝手口は、家庭の内向きな用事。
縁側は、近所の人とのコミニュケーションの場であった。

縁側に近所の人が集まり、話が弾む時、
例え障子が開け放されていても、座敷の生活は侵されないのです。
客を、座敷に上げても、プライベートな空間、茶の間を覗くことはしません。
用のある時には、障子の外から声を掛け、許されてから、部屋に入ります。

そこには、
たとえ見えていても、見てはならない心理的な境界があったのです。

家と外との間には、幾重にも眼には見えない心理的な境界があったのです。
その中間的な場が、子供たちの遊び場でもありました。

口遊び。
縁遊び。
軒遊び。
辻遊び。

その遊びの中から、様々なしきたり、礼儀を学んでいったのです。

他人を思いやる、心遣いを学んだのです。
室礼も学んだのです。



今。見直さなければけない時に来ているようにも思うのです。
現在の、アパート、マンションは、出入口はただひとつのドアだけになってしまいました。
戸建住宅も、塀をめぐらし、拒否をしているように、なりました。


宜しかったら、此方もお願い。
宜しかったら、コメントも。
↓↓↓


人気ブログランキングへ 




特典付きご招待状。お気軽にお申し込み下さい。ポチッ
 




関連記事
スポンサーサイト



Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
まとめtyaiました【しきたり、気配り忘れた、日本のすまい。】
http://www.cosmohome-co.com/blog/sikakenin/post_238.phpより・天井の高い空間で育つのは、心が解き放たれて、おおらかに育つものです。今の環境では、望むべきものがないのですけれども。かっての
  • 2012/05/21 04:50
  • URL